昔から人の心に敏いと言われた。特に女心はまるで、書いてあるように読み取る奴だと。

そこまででないにしろ、敏感な方だと自分でも思っていたのだが、実は肝心なところで抜けていると、今さら自覚させられようとは。

人生は面白い。





　１．　約　束　


「しばらく留守にする」

キングがショーコにそう告げたのは五月の末だった。マンションのリビングはいつもと同じ。ソファの中央にキング、隣にショーコ。足元に陣取ってゴロゴロのどを鳴らしているジンの背中をなでてやる。

「しばらくってどれくらい？」
「一ヶ月か」
「そんなに？」
「仕事が溜まっている」

パスポートを確認するキングの手元をみて行き先が海外と悟り、ショーコが目を丸くする。いまだパスポートすらとったことのないショーコにとっては、海外も宇宙もイメージは同じか。慣れたらたいして変わらないのだが。


「七月はじめには戻ってるよね？」
「たぶん」
「たぶんじゃなくて」
食い下がるショーコがやけに必死だ。不思議と言うよりいぶかしそうに見返すと、まなざしが怯む。

「……七日に、デートがしたいんだもん」
口ごもりながら上目遣いにおずおず言い出すショーコに、おやと思いながらキングは顔をほころばせた。ショーコは変なところが強気で弱気だ。些細な望みも自分から言い出すのは珍しかった。七夕にデートか。やっぱり若い女の子だ。


「……だめ？」
「いや」
ざっと頭の中で仕事の予定を反芻する。一月でほぼ終えられるはずだ。猶予もかなりある。大丈夫だろう。


「わかった」
「ほんと？　えっと、お店とか予約いれてもいい？」
「店？」
「レストラン。あたしがご馳走するから」
今度こそ驚きで眼が丸くなる。

「そりゃ豪勢だ」
「……馬鹿にしてる？」
「とんでもないさ。楽しみにしよう」
「うんっ」

ぱっと笑顔になったショーコに何かいいことかとジンまで胸によじ登ってくる。
「こらジン、爪を立てるな」


じたばたするジンを抱きおろしその背中をなでてやりながらも、キングは全く気づいていなかった。

ショーコが七夕に拘っているその理由に。





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