いくつになっても初体験とはできるものらしい。
ホワイトデーの夕方、エヴァが薦めた店の前でキングはそんなことを思って苦笑した。

日頃のキングと縁の薄い分野なのは確かだ。こういうところに自分が買い物に来ようとは思わなかった。
同時に、エヴァの守備範囲の広さに脱帽する。
こんな店まで知っているとは。それともショーコのために調べたのだろうか。

ウィンドウから見える全てが人形とぬいぐるみだらけの店に、肩をすくめてキングは踏み入った。


目的はクマ。クマがポイントというかクマとしか指定されなかった。
あとは「可愛い」だったか。キングの眉が寄る。

「可愛くない」ぬいぐるみがあるんだろうか。それはすでにぬいぐるみとしての使命を捨てている気もするが。
だいたい「可愛い」自体１００パーセント主観に偏った表現で、万人に通用するものではなかろう。
ましてや自分は男だし。

『いいのよぉ。男だろうがぁ偏ってようがぁ、キングがあの娘のために選べばそれでパーフェクトぉ』

これがエヴァの弁だ。
疑わしいが仕方ない。己の感性を信じるとしよう。


外から見たとおりのカラフルでふわふわした店内だった。
思い切り浮いている自分だが、何しろ無縁の場所だしあくまでも贈り物を選ぶためだ。
恥ずかしがる必要はもちろん馴染む必要もない。
割り切ったキングは口の中でクマクマクマと呪文のように繰り返しながら探してまわった。


犬猫はもちろん鳥類には虫類、魚類、架空の生き物に至るまでなんとも種類が多い。
みているうちに自ずとぬいぐるみという玩具の傾向と対策が浮かんで来た。
毛並みから形までごくリアルなもの、極端にデフォルメされたもの、アニメキャラ風なもの等々。
それぞれ企画意向によって趣は異なる。

ショーコにはと考えると手触りは重要だがリアルさは疑問だ。
大事なのは顔だな。幼さと可愛らしさのバランスとか。
大きさはどうだろう。かなり巨大なのを持ち上げ抱きしめてみた。
確かに気持ちは良いがやがて枕になりそうだ。抱っこサイズの方がいいような。

「贈り物ですか」

ふりむくと若い女性の店員が上気した顔で見上げてくる。
眼がハートだ。さっきから見られていたのだろう。
よくあることなので特に気にもしない。


「クマのぬいぐるみはこの辺りで全部ですか」
「はい。クマですと人気なのはこれとかそっち。あれは絵本のキャラで人気あります」
「ふうん」

いかにもパターンな顔だ。平凡すぎるの面白くないとためらう。


「そうそう、新しい商品ですがこれは可愛いですよ。エプロンなんてすごく」

掘り出されたそのクマが一目見てキングは気に入った。
くりんとした眼。それを含んでやけに丸い顔。ショーコが抱くのにたぶんジャストのサイズ。
どれもいい。
なにより決め手は額の冠と、エプロンに記された名前だった。笑いがこぼれる。

「これにしよう」

決断が早いのは長所と思っている。


「お子さんにですか？」

にこやかに聞かれて当惑したが納得もした。
自分の風貌とぬいぐるみを結びつけるには妻子をはさむのが簡単なのだろう。
妻はともかく、面と向かって子どもがいると思われたのは初めてだった。
不快感はないしそう思われても問題はないのに、口が勝手に否定する。


「いや、彼女に」

店員が眼を見開きぽかんと口を開けた。
ぬいぐるみを贈る相手が子どもでも妻でもなく、彼女と言われて驚いたらしい。
どんな彼女を想像してるのか聞いてみたいところだが、ぼつぼつ時間もない。
カバンから先に買ってあったものを取り出した。


「これ、このキャンディをクマの手に持たせてもらえるだろうか」
「えっと、あ、はい。包装はどうしましょう」
「包装はいらない。首の後ろに可愛くリボンを結んでくれ」
「は、はいっ。在庫見てきますっ」

にっこり言われて真っ赤になった店員は、あわてて飛んでいった。
キングはひとりほくそえむ。

やっぱり人生は面白い。
父親と思われたり夫と思われたり、もしかしたら援交親父と思われたかも？


それを面白がるのもどうかというところだが、退屈が何より嫌いなキングだ。
たくさんの初体験を与えてくれる彼女の、驚く顔を思い浮かべてふっと微笑んだ。

その色気たっぷりな笑み。

店内周囲の女性たちがこぞってため息悲鳴嬌声を呑み込んだことなど、キングは気づきもしなかった。





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