それから一ヶ月ほど経った夜。

数日の留守の後、早い時間に帰宅したキングは、ジンとショーコの熱烈歓迎で迎えられた。


「おかえりー」
「みゃあみゃあみゃあ」
「あー、ジンずるい。あたしだって」
「みゃあみゃあみゃあ」

「……とりあえずシャワーを浴びたいんだが」

前後左右から相手に負けじととりついてくる一人と一匹。閉口しつつ、なんとか逃れて汗を流したキングは、リビングに戻った。

食事はたまにタイミングが合うときしか一緒にとれないが、早めに帰ると晩酌と称して、酒とつまみであれこれ話をするのがこの頃のふたりの習慣だ。ジンはソファと二人の膝上を行き来するのが気に入っている。

キングの酒とグラス、ショーコの焼酎ソーダ割りとチョコにチーズ。いっぱいのテーブルに見慣れない包みがあった。キングの定位置の前。


「これは？」
「あたしから。開けてみてよ」
「なんだ」
「開ければわかるから」

ショーコの顔に見え隠れする期待と不安。前にもこんな顔してたなと思いつつ、キングは包装紙を丁寧に剥いだ。現れたのは大きめのコーヒーカップ。磁器でなく。


「焼き物？」

鈍く黒光りする生地。キングの手にすっぽり馴染むサイズ。肌触りも滑らかだ。これは。


「いつかの、お詫び」

ショーコがまっすぐキングを見た。


「割っちゃったでしょカップ」
「あれならいいって言ったろう」
「うん。弁償なんて言ったのは間違いだった。キングが気に入ってたのはあのカップなのにね。ごめん」

「ショーコ」
「エヴァがね、教えてくれたの。気持ちには気持ちを返しなさいって」

あの夜。やっぱりエヴァとショーコは話していたらしい。


「ずっと探したの。いろんなお店、いろんなところ。キングに似合いそうな、素敵なカップ。なかなかなくて。ちょっといいと思ってもあたしが買うには高すぎたり。やっとみつけたんだこれ。どう、かな」

カップとキングを見比べながらショーコが尋ねる。


「もらって欲しいの。駄目？　気に入らない？」

まったく。

キングはエヴァに礼を言おうか文句をつけるか迷った。嬉しいのはもちろんだが、ショーコを成長させる楽しみは奪わないで欲しいものだ。
エヴァがアダムの成長を楽しみにしているように。


「キング？」
「悪かったな、探させて」
「違う」

「ん？」
「カップを割ったのはあたしなんだから。キングが詫びるの変だよ」

スポンジが水を吸うように、ショーコはまた成長する。


「そうだな。いいカップだ。気に入ったよ」
「ほんと？」
「ああ。ありがとう」

ぱあっとショーコの顔がうれしげに紅潮した。


花が開く。
キングの胸にまたひとつ、ショーコが花を咲かせる。

すでに幾つも咲いている花をショーコは知らないけれど、胸一杯の花園になるまでキングは告げるつもりはない。狡ずる　い大人にひっかかったのが運の尽きと諦めてもらおう。


抱き寄せたショーコからは花の香りが、重ねた唇は蜜の味がした。キスの経験値ばかりあげてやってどうするんだか。ジンはソファの下に潜り込んで寝息を立て始めている。



翌朝、例によってキングの支度は早い。ドリップしたコーヒーを注いだカップはショーコからの贈り物だ。経済新聞の株価をさまよっていた視線はふと、手元に戻る。ショーコはいまだ夢の途中だろう。


ふわりと浮かんだ笑み。
気に入りのブレンドが、いつもよりずっと深く香り立つ気がした。





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