私は猫だ。　名前はジン。
王様と呼ばれる男を主あるじ　に持つ。


主あるじ　は私にジンジャーという名前をくれたが、フルネームで呼ばれることは滅多にない。最初からジンにすれば良かったのではと思わなくもないが、主に言わせるとジンジャーだからいいのだそうだ。


「ピリッと効く名前だろう」

主は酒もよく飲む。猫である私は味わったことはないが、ジンという名の酒もあるらしい。いたずら好きの主だ。もしかしたらそっちの意味も含んだつもりかもしれない。


主は人だが獣の方が似合いそうだ。短いけれどヒゲもあるし、動作は忍びやかで気配に敏さと　い。何より片方だけだが、金に光る眼を持っている。かつては猫だったに違いないと思ったりする。



主と私、ずっとふたりだった部屋に最近、同居人が増えた。人のメスだ。当初は私も縄張り意識でにらんでばかりいたのだが、主が連れてくるだけあってよくよく見ていると、彼女もケモノっぽいところがある。

動作ががさつなのは子どもによくあること。警戒心が強いのは野良だったからか。不用意には私に近づかず媚びも売らず、触れるときはゆっくりそっと、伺うように指先まで神経を張っている。


馴れ合わぬくせに寂しがりな子猫を思わせるところが私の気に入った。
主もだと思う。


主は彼女を慈しんでいる。彼女も主に恋している。人の春は時を選ばず、そのくせ遠回しすぎて焦れったいくらいだ。交わすまなざしはとっくに謳うた　い合っているのに。

私だってメスだし、より長く主を知っている。忌々しくもあったが彼らは似合いだ。私を排除しないふたりだからと許して背中まで押してやったのに、いまだ番つが　ってないらしい。人の気の長いこと。いや、主ゆえか。ヤキモキする様を楽しんでいるのかと思うと、少し彼女を気の毒に思う。



許したといっても私とて、自分のテリトリーをそう簡単に明け渡すつもりはない。主に一番近い場所はまだ、私のものだ。


「あー、またジンが寝てる−！」
「いつものことさ。　寒くなると俺の寝床に潜り込む」
「ずるい。ねえあたしもー」

「……ショーコ。大人の女は慎みも必要だと思わないか」
「キングったらそんなことばっかりー！　あーもう、猫になりたいー！」


なれるものならなってごらん、と言えても言うまい。
猫の情けだ。


金切り声の抗議を逃れ、私は主の匂いに満ちた布団の奥へ優越感とともに潜り込んだ。季節は秋へ。心地良い残り香とぬくもりは当分、独り占めできそうだ。止まない彼女の文句が子守歌に聞こえてくる。


夢の淵で密かにこぼれた私の笑みは、誰も知らない。





　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　Ｊｉｎ　said...　／　end　＞