Lemon　の入り口脇でショーコは立ちん坊している。後ろで鍵を閉めていたヒデミが向き直った。


「お待たせ−。オッケーよ」

そう言って先に立っていた三人に合流していく。宝円とエヴァ、それからキング。何日ぶりかに会うのにまだ一言も話していない。また自信がなくなる。夢じゃなかったのに夢だったかもなんて気弱な気持ち。キングと腕を組んだままでエヴァが叫ぶ。


「よっしゃぁ出発ぅ−！」

空高く指さす格好はまるで酔っぱらい。一滴も入ってないはずだが。


「そういやエヴァ、店は？」
「へーきへーきぃ。何のためにアダムやスタッフがいると思ってんのぉ。日頃から鍛えてるんだからぁ、一晩二晩店主がいなくたってうちはびくともしないってぇ」

確かにそうだろうとショーコも忠犬を思い浮かべた。愛しのエヴァがこれほどキングにあからさまなのに不安になったりしないんだろうか。

そぞろ歩きながら離れていく４人。追いかければいいのに足が動かない。帰ろうかな。


「ショーコ」

捨て猫みたいにうつむいていた顔をあげた。呼んでいる彼。さしのべられたのはエヴァと組んでいたはずの手だ。


「何やってる。早くこい」
「あたし、も？」
「あたりまえだろう。ヒデと、おまえの祝いだ」
「そうよ早く」

笑うヒデミ。頷く宝円。ふくれっ面つら　のエヴァも肩をすくめ、両腕でヒデミと宝円の肩を抱きながら声を投げてくる。


「キングが言うんじゃぁしょーがないわぁ。とっとと来なさいよぉ」
「きゃーエヴァったら、おっとこまえ！」
「いやん。おんなまえって言葉、ないのよねぇ。どうしてかしらぁ」
「エヴァ、こら、わしゃ年寄りなんじゃもうちっと、ゆっくり」

見送るショーコにキングが繰り返す。


「行くぞ」
「……うん！」

彼の隣に並んだショーコは、エヴァを真似て腕にしがみついた。


「おかえり、えっと、ジンは元気だから」
「そうか」

なんてことのない返事が嬉しい。話したいことがたくさんある。


「あのねあのね、あたしパソコン習い始めたの。宝円さんに」
「パソコン？」
「細かい字が読みにくくなってきたからって。注文票とか、ゆくゆくはデータ整理もあたしにやってほしいって。エクセルとワード、だっけ」
「そうか」
「まだ、やりたいこととかわかんないけど」

見上げた顔に決意宣言。


「でも。みつけるきっと」
「みつかるさ」
「いい女になるから」
「当然だ。俺を落とすんだからな」

その言葉が嬉しくてとろけたとたん、グイと首根っこをつかまれる。そう簡単には卸おろ　す気のない問屋の乱入だ。


「ちょっとぉー！　独り占めはやっぱり駄目ぇー！」
「ええー？　さっきまでエヴァが独り占めしてたくせに」
「あたしと張ろうなんて１００年早いのぉ！」

エヴァとの口げんかにすっかり慣れたショーコをキングはおもしろがって見ている。ヒデミと宝円があきれ顔だ。


「行くわよ早く」
「わしゃ寝ちまうぞ」
「置いていくさ」
「こら！　年寄りは敬わんかい！」

丁々発止の賑やかな周囲をショーコは見回した。いつもの繁華街。またたくネオンも以前と同じ。過去をふりきりたかったのにいつのまにか、過去はそれほどいやでなくなった。この人たちに出会えたのはそのおかげだから。

含み笑いをしながら歩くキング。かみついている宝円。ショーコの反対側の腕には相変わらずエヴァがしがみつき、隣のヒデミと大声でしゃべっている。


変わりたかったけど変われたのかどうか。変わろうと変わるまいと、この人たちは自分を受け入れてくれる。だからこそ変わりたい。矛盾でもこんな自分でも、ここまで来いと呼んでくれたらがんばれる気がするから。


「どうした？」

立ち止まってしまったショーコをキングがのぞき込んでくる。その首っ玉にかじりつき衝動的に叫んだ。


「キング、大好き！」
「ずいぶんと積極的だな」
「……ショーコぉおおおおおっ！　この娘は懲りてなぁああいぃ！」

「エ、エヴァ、落ち着いて」
「ショーコ、逃げんかい！」
「きゃー」
「……いい加減にしたらどうだ」

果たしてこの一行はイタリアンまでたどりつけるのか。キングならずとも疑いたくなる。街はブルフェスなど跡形もなく、すっかりいつもどおりだ。


「助けてー！」

エヴァから逃げて駆け込んだ公園にショーコは立ち止まった。見覚えがある。初めてキングに逢った場所だ。あれからまだ一ヶ月かそこらだなんて信じられない。むしって捨てたオシロイバナは何事もなかったように新しい花をつけ、ひっそりと咲き誇っている。


「どうしたのー」
「ほら行くわよぉ。宝円さんもぉ。とろいんだからぁ」

追いかけっこにも飽きたのか、エヴァはヒデミの腕をとり先に立つ。宝円の文句が追いかける。


「とろいとはなんじゃ。おまえさんたちこそ寄り道ばっかり」
「あーはいはいわかったってばぁ」
「はいは一回」

口げんかの相手は事欠かないようだ。


「ショーコ」

彼はきっと、立ち止まったショーコの気持ちもお見通し。

出会ったあの日はろくに顔もみなかった。正直、うさんくさいオヤジくらいにしか思わずに。まさかこんな風に好きになるなんて。なれるなんて。


「置いてくぞ」
「待って！」

オシロイバナをもう一度眺めてからショーコはキングの後を追った。背中で差し出される手のひら。肩越しに振り返るサングラス。

頭上に広がる濃紫こむらさき　の空には星もみえないけれど、ショーコのために輝く星は、きらめく宝石のオッドアイだ。



稚おさ　ない自分を脱ぎ捨てたら、混沌の今も怖くない。
矛盾をはらんだ未来へだって、ためらわずに飛び込める。
彼を追って。


　　　　　　　　　She　is　　" Paradox　Girl "





　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　”Paradox　Girl”　/　End　＞