やってきた殺人スケジュール当日。


「今年は質より数で行くから」
「何が」
「イースターエッグみたいに」
「はあ？」

慌ただしい朝のひととき、彩芽が言った台詞の意味を、右生は一日かけて知ることになった。



出勤は彩芽が先だった。一時間ずれて部屋を出ようとした右生は、鍵穴に刺したキーホルダーを見て首を傾げた。

「なんだこれ」

見慣れないものがぶら下がっている。ゴムでつながれたスーパーボール？　包み紙を開けたらチョコボールが現れた。表面に小さな文字でHappy Valentine　とある。

「……彩芽？」

さっきの言葉を思い出してくっと笑いが漏れた。
それが最初。



バイクに乗ろうとしてかぶったメットに違和感。お？　のぞきこんだら貼り付けてあるチョコキャンデー。

「おいおい」

オフィスに入ろうと社員証をとりだしたら、はさみこむようにして小さな板チョコ。

「……いつのまに」

一服しようと取り出した煙草がシガレットチョコなのはもう当たり前で。

「嘘だろ」


ごく普通の日本家庭に育った右生は復活祭もイースターエッグも行事としてやったことはないが、話は見聞きしたことがある。小さな子どもが隠された卵を探すんだよな確か。いや、俺は探してるわけじゃないんだが。大体今日はそれどころじゃない。


今年のバレンタインは土曜日だった。本命めがけて届けられるのはチョコだけではない、一段と気合いの入った花の注文がそれこそ山積み。例年にも増す忙しさにエスコートも気が狂いそうだ。

配送ワゴンを基地にして、入れ替わりに昼休憩をとっている最中、右生の携帯が鳴った。メールは彩芽から。

『みんなで食べて。ワゴンの後ろのクーラーボックス！』
「……何を？」

首を傾げながら配送ワゴンの後ろをのぞいた右生は、確かに置いてあったクーラーボックスを開けた。現れたのはシュークリームの山。チョコシューだ。


「やったー！、チョコ！」
「人に贈るばっかりじゃくさっちまいますよ。彩芽さん、愛してるー！」
「うっめえー。このクリーム、とびきり」

大騒ぎのスタッフをよけながら、それでもしっかりひとつ確保した右生は、堪能しつつ彩芽に返信しようとして。

「あれ」

携帯にまでぶらさがっていた、バレンタインハートの麦チョコ。気づくのが遅いかもしれないが、ちょっと呆れる。

「あいつ、いくつ仕込んだんだ」



その後も胸ポケットをさぐればチロルチョコが、財布をだせばコインチョコが。俺は手品師かと自分で自分に突っ込みそうだ。皆にも散々冷やかされてしまった。

「チーフ、愛されてますねー」

そりゃわかってる、と言わないくらいの理性はあった。



帰宅は深夜。明日も予約でいっぱいだ。
なのにやっぱり、部屋には灯り。

「おかえりー」

右生の好きな赤ワインと彩芽の好きな白ワイン。真ん中のお皿にはビターチョコとチーズとチョコプリッツが乗っていた。

「お疲れ。全部見つかった？」
「おまえね」

もはや笑うしかない右生を彩芽はひっぱり、並んで座って乾杯した。


「食べ過ぎて口ん中が甘い」
「だからワインにしたんだもん。どれが美味しかっ……何」
「くわえて」
「えー」

チョコプリッツ。
端と端からかじって出逢った唇を貪りあって、その後は言わぬが花。
明日も朝早いってのに。文句はどちらも呟くだけ。


質問を思い出したのはかなり後。
どれがってそりゃあ何より美味しいのは。

「おまえの唇」
「……馬鹿ばっかし」

照れもしない右生。
相変わらず照れる彩芽。


今年も一緒に迎えたバレンタイン。
それが何より美味しい理由だなんて、決して言わない。





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