右生と彩芽は相変わらず忙しい。

同じ職場に勤めるふたりだが終業時間はバラバラ。だから待ち合わせは時間指定なし。とにかく相手がくるまでと決めている。

今夜は彩芽が二時間遅れだった。ようよう現れるとテーブルにへたり込む。髪に滴が光っていて手にはびしょ濡れの傘。あいにくの雨は止まないらしい。

「ごめんー」
「お疲れ」
互いの忙しさを熟知していて、それでも謝る彩芽に笑いながら右生は生ビールを追加する。蒸し暑い夏の夜。仕事終わりはやっぱりこれだ。

「かんぱーい！」

すでにそこそこ食べた右生は、彩芽が喉をうるおし腹を満たすのを見守りながら、いつものように彼女のとりとめない一風変わった話に耳を傾ける。それが楽しみでもあった。

「でね、あのお客さん実はさ」
「ふうん、変わってるな」
「でもそういうのって面白いと思うの」

たっぷり飲んで食べてしゃべっていたらいつの間にやら日付が変わりそうな時間。やっと腰を上げたふたりは、レジをすませて地下の店から地上へ出た。どうやら雨は止んだらしいが、まだ空は雲で覆われている。

「今年は織り姫と彦星は会えないかなぁ」
「おまえ、言うことがガキのまんまだね」
「だって。会えるか会えないかで人生変わったりするでしょ？　あたしたちみたいに」
そう言われると反論は難しかった。確かにそうだと思うから。

「空の彼方はいつも晴れてるさ」
「そうなの？」
右生のお気楽な答えを、あっさり呑み込む単純さも子どものままか。笑った右生はふと彼女の向こうからやってくる人に気づいた。みるみる追いつきすれ違って行きかける横顔は。

「キング？」
振り向いた彼は驚いた顔をした。

「右生？　彩芽もか。珍しいな」
「そりゃこっちの台詞」
「キング。しばらくですね。海外だったんじゃ？」
「ああ」

うなずくキングになにか、いつもと違う雰囲気を右生は覚える。
何？何だろう。
「こんな時間までデートか」
からかうような口調はいつもと同じに思えるのに。

「久しぶりに」
「七夕ですもん。一緒にいるのが大事なんです」
照れくさそうにちゃかして言った彩芽にキングがふっと黙した。釣られて二人まで真顔になる。

「キング？」
「どうかしたのか？」
「いや」
すぐに笑みで、だが間違いなく作った笑みでキングは知らん顔する。

「雨も止んだし。星も出会いそうだな」
見上げた空は確かに雲が千切れ始めている。
「会えますよね？　右生ったら他人事なんだから」
「会えるか会えないかで人生変わるなんて言われたら参るだろ」
サングラスの下でキングはどんな眼をしているのか。声音は平静だ。

「そこがいいんだろ」
「もちろん」
「右生！」
赤くなった彩芽の抗議に二人がクスクス笑った。

「じゃあまたな」
「ああ」
「また仕事で」

くるりと背を向けた彼の足取りに、あっと思う。
「……急いでたのかな」
彩芽も同じことを思ったようだ。

「呼び止めて悪かったか」
「うーん、七夕の夜にまだ仕事なのかなぁ」
「忙しすぎるぜほんと」

「また誰かの縁結びしてるんじゃない？」
「自分のだったりして」
「えー？　相手は？　知ってる？」

「冗談に決まってるだろ」
「ええー？」
「どっちがいいんだよ」
じゃれ合いながら自分たちの部屋へ帰っていくふたり。


一度の逢瀬で変わった運命。
これからも共に歩み続けていけますように。


通りすがりの店先で揺れるプラスチックの短冊。
空の高見では風が雲を流して、月星がのぞこうとするところだった。





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