「ハワイ？　グアム？」
「今時でもその辺が定番なのねって美羽が感心してたけど」

娘の結婚式を間近に控えた休日の午後だった。
ののと温はのどかなティータイム。真っ赤なイチゴは温の好物だ。


「今頃ハネムーンの相談してるのかい」
「忘れてたらしいわ。丈さんにしては珍しいわね」

ここぞとばかりに温の声が大きくなる。

「そんな大事なことを忘れるなんぞ美羽への気持ちが」
「美羽も忘れてたらしいし」

そうなのか、そうだろうな。
のんきな娘を思い浮かべると温の反論も弱まる。

「……そこを落ち度なくフォローするのがだな」
「だから今フォローしてるでしょ。あの娘はほんとこういうことに無頓着だもの。丈さんも大変」
「ののさんは彼の味方ばかりする」

すねたような温の文句も、ののは平然と見返すだけだ。

「公平って言ってくださいな。あなたにだって責任はあると思うし」
「どうして僕に」
「誰かさんがごねてばかりいるから式場に気を取られて、ほかのことに気が回らなかったんですよ丈さんは」

じろりとののに睨まれて温はヒクッと頬をひきつらせた。ごねたりしなかったと言えるほど厚顔ではないし、たとえそう言ったところで妻がうなずくはずもない。

いやそれよりも大事なことが。

「と、とにかくだな、すぐパスポートをとろう」
「それは丈さんが手抜かりなく」
「美羽じゃない、僕たちのだ」
「……はあ？」

度量が広くて構えが大きくて夫の行動にも慣れている妻が、思い切り呆れた顔と声でこっちを見遣った。さすがにひるむ。

「お父さん。まさかと思うけどまさか、ハネムーンについていくなんてバカなこと」
「いや、えっと」

まさしくそう考えて口走ったと言い出すには、はばかられる雰囲気だ。
でもだがしかし。

「だってののさん、海外だよ？　飛行機だよ？　美羽は国内だってろくに旅行なんか」
「一人旅じゃありません、新婚です。ハネムーンです。親がくっついていくハネムーンがどこにあるんです？」

ここにと、言おうものならどんな顔をされるんだろう。

怖いもの見たさはあったが怖すぎるし、おっしゃるとおり温とて常識と非常識の境目くらいはわかっている。いつもなら。だが美羽のこととなるとどうにもあきらめがたい。我ながら情けない声が出る。

「ののさぁん」
「嫌だわ、なんですその甘ったれた声は。美羽のことは丈さんに託すんでしょう？　だ・め・で・す」

がっくりしょげかけた温だったが、続く言葉にぱっと顔をあげた。


「ああそうだわ、パスポートとりましょう」

やっぱり妻は花婿よりも夫の味方だ。そりゃあそうだろう、出会って半年の娘をさらっていく男なんかよりおよそ三十年連れ添った夫の方が。

「道江さんと話してたのよ。一緒に旅行しましょうって。ハワイも一度くらいは行ってみたいわ」
「……ハワイ？」
「夏休みじゃ込むかしら。かといってお盆は避けたいわね。値段もあがるっていうし」

どんどん話題がずれていく。スライドしていく。突然、思いもよらぬ方向めざしベルトコンベアーに乗せられた心地で、あわてる温。

「あの、美羽は」
「パスポートってどこで取るの？　申請には何が要るのかしら。住民票とか、戸籍抄本？　謄本？　ああ道江さんに連絡してみましょ」
「……ののさん」

美羽とハネムーンはすでに遙か彼方。ハンドルをののが握り、助手席に道江が座ったトラックが迫る。がくんとベルトコンベアーから荷台に落ちた自分が見えた気がした。


こうして当然と言えば当然のことながら、パスポート取得目的は親世代の旅行へとあっさり変換された。ある意味、のののファインプレー。丈が知ればきっと幾重にも感謝されるだろう。彼女へのお土産が増えるにちがいないと温は腐った。腐りながらも考える。

いつの世も世界平和の鍵を握るのは女性だな。男が常日頃、認めまいとしている事実をいつか丈にも伝えてやらねば。この際、丈と丈の父と三人で、男同士の会を作るべきだろうか。


男性陣の団結の必要性を痛いほど感じながら、さっさと道江に電話していまや旅行の計画に盛り上がっているののをみつめ、ため息をついた温は、罪のないイチゴをぱくりと口に放り込んだ。

うん甘い。美味いな。
頬がゆるむ。
その顔を見て、ののがこっそり笑っていたのを温は知らない。



確かに。
世界は女性で回っている。





　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　The world turns in the woman.　/　End＞