いいイブだったな。
平日、仕事の合間だというのに、昨日を思い出した丈の口元は緩んでいた。


結婚して初めてのクリスマス。丈は早くから企んでいた。
イブは平日だがその前は連休だ。出張はいかなる手を使っても交わして、連休にホテルで一泊しよう。さらにイブは自宅で、彼女の手料理を堪能するか。

どちらにしろポイントは、ふたりきりというところだ。
こだわるのは丈のせいばかりではない。


結婚して半年、まだまだ新婚気分全開だというのに、何かにつけて実家の、はっきりいえば義父の温あつし　が顔を出しにくる。

その「何か」があまりにも多い上に、どうでもいい行事ばかりだ。お盆だ花火だ月見だ団子だ、松茸をもらった栗がうまいぞ、秋祭りはまだいいとして、まさかハロウィンまで。


突然やってきた義父母は仮装していた。とんがり帽子に黒いローブをまとったののは魔女の装い、温はカボチャのかぶりものという出で立ちだった。

玄関先でパンプキンパイを差し出しながら『トリックオアトリート』とふたりで口をそろえた。爆笑するしかない。さすがに美羽も叫んでいたっけ。

「ハロウィンなんてうちでやったことないでしょ！」

あとで丈の母、道江がののに「誘ってくれれば良かったのに」と言ったとか言わないとか。馬が合うのはいいがおかしなずれ具合まで合致しているのは怖い。

どちらの親も子どもはひとり。一人っ子同士の結婚でかまいたくなる気持ちはわかるので、おおむね丈もあきらめているが、クリスマスぐらいはふたりになりたい。

鷹揚な美羽もさすがに気にして、早くからののを通して温に釘を刺したようだ。『クリスマスイブは来ないで』と。それが効いたのかどうか、連休からイブにかけては、実家からこそりとも音信がなかった。素晴らしい。

丈が腕によりをかけて立てた予定は、分刻みまで守られた。一泊二日のホテルライフは優雅でのんびりと、そして熱く。昨夜のイブは美羽の手作りのチキンをワインで堪能した。もちろん美羽自身も丈がたっぷり堪能したのは言うまでもない。

人生でベストワンのクリスマスイブだったな。

さらに今夜は、美羽が企画してくれるという。
これこそ新婚だ。


しみじみと感慨にふける丈を、同僚や部下たちは遠巻きにして見守り、賢く理解を持って問いただすこともしなかった。『さわるな危険』と顔に書いてあったのかもしれない。おかげで誰にも邪魔されることなく、丈は定時で会社を出ることができた。

奇跡だ。なんて素晴らしい。スキップしようかと思ったくらいだ。やらなかったのは目立つのはともかく、やり方をすっかり忘れていたから。帰ったら美羽に教えてもらおう。二人でスキップしようか。

この数日で、丈の頭はすっかり煮えてしまっていた。
人生は甘くないという現実を、すっかり忘れるほど。


昨日はケーキを食べなかったからと、ケーキを買って帰るよう頼まれた。大きなリングケーキで、スポンジがしっとりしているのがいいと。どれにしようか悩んだが、ルビーのような色でムースと重ねたケーキを見つけてこれだと思った。

「今年の新作なんですよ」

店員と機嫌よく会話した丈は、ドライアイスの入ったケーキの箱を助手席に乗せて、家まで急いだ。箱にシートベルトはかけられないか？　いやいや潰しちゃもっとまずい。機密事項並みに後生大事に、ケーキは運ばれた。

「ただいま」

いつもより元気な声をかけたのに返事はなかった。おまけに暗い。玄関の明かりをつけたものの、廊下から見えるリビングも暗い。美羽は先に帰ったはずだ。おかしいな。首を傾げつつ靴を脱いで、廊下からリビングへ続く戸を開けた。そのとたんだった。

パンパンパン！
浴びせられる破裂音と紙吹雪と、声。

「丈くん、めりいぃいい、くりすますうぅうう」
「おかえりなさい、丈」
「メリークリスマス！　帰ったな、丈」
「丈さん、お仕事お疲れさま」

温と道江、謙介とのの、入り乱れて飛び交って降りそそぐ声。みんな笑顔全開だ。白兎の二人はともかく、自分の両親はこんなに陽気な性格だっただろうか。向こうに美羽が見えた。困ったような表情で伺うようにやってくる。

「お帰りなさい、丈さん」
「ただい、ま」
笑う以外に何ができよう。

「……怒ってます？」
「連休とイブを死守したんだから、しょうがないよな」
楽しそうな両親たちを見れば、文句はいえない。

「おお、こりゃ美味しそうだ。ぼくはパサパサしたのが苦手でね」

さっさとケーキを検分してご満悦の温を見て、なるほどと納得した。大きさは人数のため、好みの指定は温のためだったわけだ。でもおかげで美味しいケーキを選んだわけだし。

結局彼女が、それから家族が幸せなら、それが自分の幸せだ。
大事なことさえわかっていれば大丈夫。
「ありがとう、丈さん」
頬に触れる彼女の唇に幸せ感が急上昇する。

「美羽、包丁はどこだ包丁は。ケーキをだな」

物騒な文言もんごん　を交え、しらじらしく割り込む温がいても、幸せ感は増す一方だ、問題ない。

「丈ったら。ぼさっとしてないで着替えてきたら」
「そうだぞ丈、すっかり美羽さんの尻に敷かれてるな」
「あらあら美羽ったら、大きなお尻なのねえ」
……ないはずだ。たぶん。


天井を仰いで歩き出した丈の耳に、どこからか笑い声が聞こえた。
美羽とよく似た、でも違う、楽しげな声は。

彼もきっと、笑っている。


母たちが用意したご馳走と、父たちが持ってきた酒と、ケーキ。
二人の部屋は本物の笑い声でいっぱいだ。

窓の向こうの空は澄み渡り、星が笑い声のように瞬いていた。





　　　　　　　　　　　＜　merrymerry　christmas！ 　／　end　＞