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番外編 「うしろ姿のサンタ」 −２０００年のクリスマス・イブ 接近遭遇− １年前。２０００年冬の１２月２４日。 クリスマス・イブ。 あたるは朝からせわしなかった。 今日は忙しいのだ。いや、仕事じゃなくて。 まずクリスマス・イブ。彼がいたら忙しい。当然。 それから同棲記念日。 健と暮らし初めて今日でちょうど１年目なのだ。 記念日は忙しいに決まってる。 それから・・・もうひとつあった。まだ健も知らない決心。 朝仕事に出かける時、寝ている健に念を押してきた。 「ねえ、約束覚えてるよね？」 「・・・んー？」 「今日、クリスマスだからね。それと記念日。早く帰ってね。」 「・・・わかった。」 健はまだ眠いのか、蒲団にもぐって顔も出さなかった。 しょうがないな。 いつもあたるが先に出かける。仕事場が健の方が近いのだ。 それにしたってそろそろ遅刻時間。大丈夫かな。 「仕事遅れないようにね。」 「・・・ああ。」 「じゃ行ってきます。」 部屋を飛び出すあたる。これが別れになるなんて夢にも思わない。 ドアが閉まると蒲団からそっと顔を出した健。 悩ましげな辛そうな顔。 すぐ携帯が鳴った。 「・・・典子？」 あたるの気持ちはとっくに終業後にとんでいるのに、 会社に出た途端、予想外の展開。 新製品のために急遽、 クリスマスキャンペーンにかり出されることになったのだ。 「あたしがですか？」 「あなただけじゃないの。新人はみんな。文句ある？」 「・・・いえ。」 いつもにらまれている先輩社員がさらに睨む。 若い新入社員は、それぞれクリスマスには予定があるに違いないが、 もちろんそんなこと言えるわけもない。仕事なのだ。 それぞれの営業担当にひっぱられ、散っていった。 「せんぱーい、頑張りましょうね。早く終わらせるように。」 同じ新入社員のくせに、 年下のため「先輩」と呼ぶ菜々がこそっと囁いて消えた。 仕方なく行った先で、いきなりサンタの格好をさせられた。 「サンタクロース？」 「クリスマスだよ。これに限る。」 「だからってあたしが？」 「女の子の方が可愛いだろ。」 そのくせ髭までつけさせられた。ばかやろー。 顔では笑いながら、心中は担当をののしりつつ気が気ではない。 健に連絡を取ることもできない。 クリスマスにサンタの格好をしていればやっぱり人目は引くし、 子どもは寄ってくるし、ましてやキャンペーンなのだ。 売場を離れられない。 だんだん顔が引きつってくる。 そのころカヲルは会社帰り。酢豚の材料を買って来たところ。 クリスマスに何故酢豚？ 単に食べたいから。 一人だから誰に遠慮も入らない。 それが淋しくもあるがくよくよしない。 玄関を開けようとして、手紙が挟んであるのに気づく。 なんだ？ 『あたるのこと、よろしく頼む。』 眉をしかめるけど、思い当たることがない。誰から？ 首を傾げるが、まいいかと家に入る。 のんきなイブ。 さくらは実家でクリスマスを迎えようとしていた。 父と母と迎えるクリスマス。地味としかいいようがない。 でも密かに決心している。行くんだ。あいつのところへ。 決意のイブ。 そんなこととは予想もしないで。 伊倉は女の子と２人でディナー中。 離婚してすぐなのに、独身を謳歌しているのがらしい。 懲りないイブ。 洋子はパソコンに向かって考えていた。 来年のクリスマスは、是非子どもと迎えたい。 そのためには誰が狙い目？ ターゲットを検討中。 企むイブ。 あたるがキャンペーンしているスーパーで、天羽が買い物をしていた。 クリスマスだけど、別に予定もない。 客もいなさそうだから早じまいで、たまにはご飯の買い出し。 ふとみれば、カップラーメンのそばにサンタの格好の女の子の後ろ姿。 カップ麺とサンタねえ。 いたずらっぽい笑いが漏れる。 その後ろ姿に、文句がありありと見えたから。 ずっと足踏みしながら、時計を気にしている。 やれやれ。大変なこった。 あたるの我慢が限界に近づく。 いつまでここにいなきゃいけないんだろう。 クリスマスにカップ麺買うなんて、ろくな奴じゃない！ 間に合わないじゃない〜。 閉店３０分前、ようやく客もいなくなってきた。 眼の端で営業担当を伺う。 「さて。ぼちぼち終わりかな。じゃいいよ。」 「は、はいっ。」 「あ、それ洗濯してきてね。」 「ええ？」 「なんかある？」 「・・・いえ。」 言い争ってる時間が惜しい。ケーキも取りに行かなくちゃならない。 文句をのみこんで笑顔を作ると、その場から駆け去った。 「失礼しますっ！」 着替えるヒマなんてない。 サンタの格好でケーキ屋も滑り込みセーフ。危ない危ない。 近くの公園でそのケーキをそっと広げる。 一緒にプレートとチョコを買ってきたのは、大事な計画のため。 『結婚しよっ！』 でかでかとプレートにホワイトチョコで書き込んだ言葉。 あたるは今日、健に逆プロポーズするつもり。 健とはカヲルの紹介で学生時代からのつきあい。 ちょうど１年前のクリスマスから同棲を始めた。 小さないざこざはあったものの、それなりにうまくいってると思う。 でもなんだか最近、健が上の空のことが多い。それが不安。 １年たつのに、何も言ってくれないのも不満。 就職１年目。夢と現実のギャップを感じてしまう頃。 自分にも自信がない。無意識のうちに逃げているあたる。 このプレートの言葉は、実は言って欲しい言葉。 そうすれば、幸せになれるというあたるの願望。でも幻想。 あと１時間もしないでそれを思い知らされるとは。 プレートを見つめるあたるの後ろ姿を、 近くのコンビニにやって来た天羽が、横切りながら目にした。 あれ？ どっかでみたな、あのサンタ。 さっきもスーパーで。違う奴かな？ クリスマスだもんな。サンタはいっぱいいるか。 そこへ白い綿が落ちてくる。思わず見上げる。 雪だ。 あたるも見上げた。ホワイトクリスマスだ。 幸運の前触れのようで嬉しくなる。急いで帰ろう。 後ろから見られてるなんて、夢にも思わない。 あたるはケーキを包み直すと、まっすぐ駆け去った。 その後ろ姿は嬉しそうだった。 待ち受けるのは悲劇のイブ。 なんとなく見送った天羽はクスッと笑う。 俺にもいいことあるのかもしれない。 幸せそうなあのサンタにまた逢えそうな。んなわけないか。 店に戻っていく。その顔にまだ微笑み。 予感のイブ。 ２０００年のクリスマス・イブ。 この夜、いろんなイブを拾ったサンタクロースが紡ぎあわせたのか、 大晦日に最悪の出会いをする２人。 幸運とは知らないところで、接近遭遇していたりする。 あたるも。天羽も。誰も彼も。 出会いは天からの贈り物。落ちてくる雪のように。 Merry X'mas for everyone♪ |