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番外短編 「いつもの風景」 ケンカした。 理由はなんだったっけ。 たいしたことじゃないんだよね。もう忘れてる。 でもケンカした。 「おまえね」 ・・・・・・・・・なによ。 「可愛くない」 ・・・・・・・・・悪かったわね。 「勝手にしろ」 ・・・・・・・・・勝手にするもん。 それで飛び出して来ちゃって。 だからってどこへ行こう。 暮れなずむ空はオレンジから黒へ。 時のようにグラデーションを刻んでいる。 どこへ行こう？ ケンカした。 理由？ 忘れた。それくらいの理由。 でもケンカだ。 「勝手にしろ」 確かにそう言ったけど。 どう勝手にするんだか。あいつは思いがけなかったりするから。 やばかったか。 窓の向こうで今日の太陽が燃え尽きていく。 やばかったか？ 結局。 たどりついたのはいつもの防波堤。 でもこれじゃあまりにもいつもどおり。 そう思ったから。 防波堤のさらに内側。テトラのとこまで下りていった。 グラデーションはすでに闇色。 微かな赤が名残を惜しむ。 拾おうとしてる。音。 やだなぁ。甘ったれてる。ＭＤ持ってくればよかった。 無意識に澄ませる耳が。 バイクの音を。足音を。声を。 物欲しそうで嫌。 こつんと壁に頭を寄りかからせて。あたしは目を閉じた。 耳を塞ぐために。 口を開いて。 結局。ぶらぶらと歩きながら。 辿り着いてみるいつもの防波堤。 いくらなんでもいつもどおりだよなぁ。 案の定、姿は見えない。ちょっとは頭を使ったのか？ きびすを返そうとして、拾ったのは−歌？ ちょっとはずれ気味の音程。微かなメロディ。 聞いたことがある。ユーミンだっけ。 −−たぶん あなたは むかえにこない−− 呼んでる。 −−むかえに来てよ−。 「バーカ。」 ビクッと驚いて上を見上げたら。 口元を歪めて笑ってる。 「・・・・・どうせ。」 ホッとしてるくせに。 すねた顔にしかならない自分。やっぱり可愛くない？ でも押し寄せる鼓動は波のよう。 「どっから下りたんだ？」 「・・・あっち」 「上がってこいよ。」 「・・・・うん。」 ゆっくりゆっくり。 テトラの脇を歩くあたし。 ゆっくりゆっくり。 隣の高みを辿るあなた。 「ほら。」 差し伸べた手に手を伸ばして。預けて。 「・・ありがと。」 グイッとひっぱられたと思ったら。腕の中だった。 「あのさ。」 「・・・ん？」 「原因なんだっけ？」 「・・・なんだっけ。」 クッと笑いだして。どちらともなく。 「・・・どっちもバカッてことか。」 「われなべにとじぶた？」 「しょーもねえ〜。」 笑い転げてたら、軽いキスについばまれた唇。 お返しに押しあてた頬。 その眼に映る上りかけの新月。 「帰るか？」 「・・・うん。」 ケンカしたのは空がオレンジの頃。 見つけたのは空が闇の頃。 二人で帰るのは月がのぼる頃。 私とあなたのいつもの風景−−。 ＜ itsumo-no-fukei / end ＞ |