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番外短編 「悪戯なキス」 side-ａ あたる 日曜日。 遙さんと引き取りに出かけた。 お休みの天羽さんに留守番を頼んで。 今日は何故か、小物ばかり。 遙さんは急ぎの用事があるというので、品物は店先に置いてもらった。 車を見送ってから、両手に持って奥へ入る。 「ただいま。」 よっこらしょと置きながら声をかけたけど、返事がない。 あれ。出かけたのかな。 でも鍵はかかってなかったし。 首を傾げながら、とにかく品物を全部外から入れてしまって。 奥の部屋をのぞいてみる。 「なんだ。寝てるの。」 ソファベッドに気持ちよさそうに横になってる。 秋の日射しがチラチラ注ぐのも気にせず。 目を開けそうにない。熟睡？ あたしってこの人の寝顔を見るのが好きだなぁ。 起きてるときは、どこかびっくり箱みたいな人だから。 無防備に眠っている姿をみると、なぜか安心する。 あたしにも出来ることがあるような。そんな気になる。 とりあえず毛布を持ってきて、かけてあげて。 それから枕元に座り込む。 飽きず顔を眺められるのって、こんな時くらい。 スッと通った鼻筋と。切れ長の閉じた瞼と。 以外に直線な眉と。小さなほくろと。 眠っているから動かない唇。 それが歪んで笑うのが好き。 皮肉っぽいけど優しいから。 誰もいるわけないのに。 ちょっとキョロキョロとあたりを見回して。 それからそーっと触れる。 唇で唇に。 キスとも呼べないくらい。ほんの微かに。 ちょっとだけ悪戯。 息を潜めて。起きないで−。 そのまま胸にもたれて鼓動を聞いていた。 ああ、今日は温かいなぁ。ここっていつも寒いのに。 やっぱりあなたがいるから？ あたしはまどろんで、意識はフェードアウトした。 side-b 天羽 日曜日。 寝坊して起きたら昼になってて。 あたるは遙と引き取りに出かけていった。 俺は留守番。 ま、ちょうどいいか。のんびりできる。 朝飯とも昼飯ともつかない食事をして。 ゴロッとソファに横になってたら、いつのまにかまた眠ったらしい。 フッと目が覚めたのは、胸に何か重みを感じたから。 重い。なんだ？ ゆっくりと目を開ける。見慣れた天井。見慣れた壁。 なんでこんなに？ 目を転じたら、胸の上にあたるの寝顔。 おまえね、こんなところで寝るなよ。 思わず苦笑してしまう。 床に座り込んで、俺の胸に頭を預けて。 重いわけだよな。 それから悩む。 あんまり気持ちよさそうに寝てるから。 動くと目が覚めるかな。でも重い。 同じ格好が続いたせいか、我慢できない。 そーっと体を起こして頭を持ち上げると、ソファの上にそのまま下ろす。 熟睡してるみたいで、全然目を覚まさない。 やれやれ。 ちょっと伸びをして体をほぐす。 でもこいつもこの格好で寝てたら、体痛くなるよな。 しゃあない。よっこらしょと抱き上げてソファに転がす。 やっぱり目を覚まさずに、むにゃむにゃと丸くなってしまった。 クスッと笑いが漏れた。 机に座って飲むコーヒー。 カップの向こうに見えるあたるの姿。 丸くなってひなたぼっこするネコだな。まるで。 無邪気な寝顔は温もりをくれる。ぽかぽかと指先まで温める。 寝返りを打つと、仰向けになって毛布が落ちた。 しょうがねえな。寝相の悪い奴。 カップを置くと近寄る。 毛布をかけ直そうとして、眺める小さな顔。 割に太い眉。はっきりした瞳は瞼の奥。 やわらかな曲線を描く唇がちょっと半開きで。 それが妙に色っぽく見えて、誘われた。 指で触れる。輪郭を描くように。 額、頬、あご。それから。 そっと重ねる唇。起こしちまうかな。 夢がよっぽど深いのか、気づく気配はない。 つい調子に乗って、キスを深くする。 なぞるように。探るように。 「・・ん・・」 塞いだ唇から声が漏れるけど、まだ目を覚まさない。 起きないと、知らないぞ。 胸の内のつぶやきが聞こえたのか、ふいにあたるが目を開けた。 「・・・んっ！・・・・んんっ？・・」 次の瞬間、体を引いて目が合う。 「・・・な、え？ 何？」 状況が判断できずに、豆鉄砲の乱射を受けた鳩の目。 思わず笑い出した俺。 「何って、キス。」 「・・・なんで？」 「したかったから。おまえ、誘うんだもんな。」 「誘うって、あたし寝てたでしょ？ ・・・・さっき起きてたの？」 声が裏返りそうに焦っている。 さっき？ なんかやったな。 馬鹿正直だから、すぐ顔に出る。 「さっき何したんだ？」 「え？ あ？ ううん。何にも。」 おまえね、それで信じる奴はいないって。 俺はもう一度唇を塞いでしまう。 「んーっ！ ・・・んんっ！・・んっ！！」 あわてふためきながら、抵抗するからちょっと唇を離す。 「白状する気になった？」 「・・・は、白状って・・そんなたいしたこと・・ちょっと・・。」 「ちょっと？」ほらもうばれる。 「・・・ちょっと・・・キスしただけ・・・」 真っ赤になって口ごもる。 吹き出しかけてぐっとこらえた。こいつはもう。 「ふーーん。なんだ、起きてるときはしてくれないくせに。 俺の寝てる間にそういうことやってたの。」 「で、でも、ホントにかすったくらいで。 あなたがやるみたいなのじゃないよ。」 弁解する必要もないと思うんだが。 胸の中では笑ってても、声はあくまで意地悪に。 「俺がやるみたいなのって、こんなのか？」 また塞ぐ唇。体もとらえる。 だんだん深く濃厚になるのはどうしようもない。 これはソノキだ。ま、いっか。休みだし。 俺はあたるのソノキを引っぱり出すために、さらにキスを深くした。 side-c ふたり 額にかかった髪をかき上げてやると、うっすらと開く瞳。 その額に落とした唇をすべらせて。 耳朶を柔らかく噛む。 「あっ・・っ・・んっ・・」 漏れる声はもう潤んでいる。 恥ずかしいのか、押し殺そうとする声。 耳をゆっくりとなぞる舌先にわざと力をこめる。 「・・・きこ・・えない・・だろ・・」 囁きに誘われるように、声があがる。 「・・だ・・・ってっ・・！・・あっ・・んっ・・・！」 目がさめやらないうちに深いキスに何度も襲われて。 いつのまにかその熱に支配されてしまって。 まるで夢遊病者のような意識。 体を確かめていくのは大きな掌。 触れぬ場所がないくらいに隈無く探りつくしていく。。 一方の手が柔らかなふくらみを包み込む間に、 もう一方は足にすべって。 ゾクリと感じる。 その感触は幾度も覚えていながら、やっぱりわずかの怖れを伴う。 でも待っている。 指はそれを知っている。 あたるの背が弓なり、喉がきれいな線を描くのをみつめながら、 指はうごめく。その奥まで。 喉からのラインは胸まで綺麗につながり、その先端を唇がくわえる。 「はっ！！・・ああっ・・ぁ・・っ・・・！・・」 舌になぞられ軽く噛まれて、身をよじらせる。 それがさらに指を誘って。 あたるの爪が天羽の肩にくい込むと、応えるかのように押し入ってくる。 「やっ！・・んっ・・・あっ・・あぁっ・・！！」 なめらかな肌に落とした華を数えながら、天羽はあたるを追いつめる。 吐く息と吸う息で辿る階段。 上り詰めたら、あとは身を投げるだけ。 ふたりで−。 side-d 一緒に 「もぉ〜！ なんでこうなったの？」 一緒に毛布をかぶりながら、あたるが天羽に文句を言うが、 腕の中で文句を言っても、たいして効き目はない。 「なんでって、おまえが悪戯するからだろ？」 「えー？ あたしのせい？」 納得できない顔で考え込むあたる。 「違うでしょ？ 大体あたしが眼を覚ましたら、あなたがもうキスしてたわよっ！」 あれ、覚えてるのか。知らん顔をしようとして睨まれる天羽。 「だけどさ、おまえは俺が寝てる間にキスしてたんだろ？」 「え？ あ。それは・・・そうだけど・・」 今度はあたるが口ごもる。 「じゃあ、事の始めはおまえじゃん。」なんとも強引な結論。 「ええー？ そんなの変だよー！」 あたるの抗議の声をまた塞ぐ。 「んんっ！ んー！」 さすがに抵抗する。 「うるさいぜ。いいじゃん、別に。終わりよければ全て良しって言うだろ？」 「良ければってねえ！」 「あれ？ 良くなかった？」 真顔で聞かれて、目を白黒させて赤くなる。 余裕で抱きしめる天羽。 「も−、いっつもこれなんだもん。」 ブツブツいいながら、諦めたように胸にもたれると、 口の端で笑って、天羽はその髪を指で梳く。 サラッと流れる分け目からうなじがのぞいて。 その白さでまた沸き立ち始める熱に気づかず、あたるは聞く。 「お店・・・閉めたの？」 「あ、ぁ、忘れてた。」呑気な声。 「信じらんない〜！！ 人が来たらどうするのよぉ〜！！」 あわてて飛び起きようとする腕をつかまえる。 「来なかったろ。来ても帰るさ。多分。」 「そういう問題〜？？？」呆れるあたる。 「こういう問題。」 押さえ込まれて気づく。その瞳にまた灯る熱。 困り果てながらも瞼は勝手に閉じて。 意識は、重なる唇の温もりを追い始める。 もう日はとっぷり暮れて。 ふたりの夜は、またこれから？ 悪戯なキスは、ちょっと意地悪で甘いハートの味。 ＜ｅｎｄ＞ |