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番外短編 「Happy Birthday Night」 １．あたるの開き直り これでも何度か聞いてみたのだ。 「ねえ、誕生日っていつ？」 でもはぐらかされてばかり。 「言わなかったっけ？ 水瓶座。」 「それは聞いたよ。星座じゃなくて、誕生日。いつ？」 「何、なんかくれるの？」 「・・・あげようと思ったって、知らなきゃあげられないでしょ？」 あたしが睨むとフッと笑って。 「いいよ、別に。今さら祝う年でもないだろ。あ、おまえいつだっけ？」 頭に来て叫んだのは。 「蟹座！」 そんなことを繰り返して。 結局教えてもらえないまま。 水瓶座ってことは、１月の後半から２月の前半なんだけど。 それだけじゃどうしようもないわよ！ 企みもした。 運転免許証なら載ってるはず。 でも生憎、そこら辺に放っておいたりはしない人。 平日も休日も、起きてるときは身に付けてるみたいだし。 眠ってるときはそりゃあ・・・だけどさぁ。 正体もなく熟睡するときもあるのに、あたしが探ろうと思うときに限って、すぐ起きる。 「・・・なんだ？」 いきなり声をかけられて心臓が跳ねる。 「えっ？ あ、ううん。水飲もうかなって。」 まだ夜中。そっと起きあがったはずなのに。 「俺にもくれよ。」 仕方なく冷蔵庫からペットボトルを出して渡す。 グイっと飲んでからあたしに聞く。 「おまえは？ 飲むんじゃないの？」 忘れてた。 「の、飲む。それちょうだい。」 ごまかし半分で、彼の持っているペットボトルに手を伸ばした。 下着に毛布を巻き付けてるあたし。 一瞬訝しげな顔をして、それから目つきがニヤッと怪しくなる。 やばい？ 思った瞬間、手をひっぱられて抱え込まれた。 「うわっ、ちょ、ちょっとぉ〜。」 「飲むんだろ？」 暴れているあたしに構わず、ペットボトルを口に突っ込まれた。 否応なくそそぎ込まれる水。 確かに喉は乾いてたけど、なにしろ突然。 構えることができずに、飲み込んでからむせた。 「げ、げほっ。な、急にやらないでよ〜。げほっ。」 唇からこぼれた水が、喉へ伝い落ちる。 スッとそこに舌の感触。 「・・ひゃっっ・・なにっ？」 「うるさいぜ。」 「だかっ・・・んっ・・！」 つもりもないのに唇をふさがれて、そのまま沈没。 あたしは何のために起きたのよ〜！。 確かに。 年を重ねることを、単純にめでたいっていう年齢じゃない。 でも。 わからないうちに水瓶座の季節が来て、過ぎていく。 覚悟を決めたあたしは、発想を変えることにした。 大事なことは−。 ２．天羽の驚き 金曜日の終業時間近くに、突然鳴った携帯。 あたる？ 珍しいな。こんな時間。 「もしもし？」 「あたし。ねえ、今日遅いの？」 「いや。もうちょっとで終わり。」 「まっすぐ帰ってね。」 「何だよ？」 「いいから。約束ね。」 それで切られた。 なんだよ、あいつ。待ってるのかな？ でもなんで？ 北風が冷たい夜。戻ってきたら、奥に灯り。 暗い部屋に帰るよりはやっぱりいい。 「いるのか〜？」 「お帰り。」 のぞいたあたるがいきなり何かを構えた。 「ＨＡＰＰＹ ＢＩＲＴＨＤＡＹ！」 ぱんぱんっ！！ 天井に向けてクラッカーの紙吹雪が飛んだ。 雪のように落ちてくるその中、茫然としている俺を見て。 あたるが満足そうに、でもちょっと舌を出す。 「な・・・んだよ？」 「言ったでしょ？ ハッピーバースディ。」 「は？ 俺？」 「ん。あなた。」 「おまえ、俺の誕生日知らないだろ？ ・・・今日じゃないぞ。」 「うん。」 あっさり肯定するあたるにポカンとする。 そんな俺の背中を押して奥へつれて行く。 「うわ・・・。」 絶句した。 机の上にはビーフシチューにパン、オードブルが３皿にサラダ。ビールにワインが赤白。 手当たり次第って感じでご馳走が並んでいる。 「おまえ、ずいぶん気張ったな。」 「へへ。すごいっしょ？」得意そうに鼻の頭をこする。 「でもさ。なんで？」 「だから誕生日のお祝い。」 「今日じゃないのに？」 「教えてくれなかったのはあなたでしょ。」 「・・・それで当てずっぽうなわけ？」 笑い出した俺。 「ククッ・・。おまえって、ほんと、クックックッ。 誕生日もわからないのに、誕生祝い考える奴っているか？」 「いるじゃん、ここに。」 「確かに。」 口を尖らせて、でも別にすねる風もない。 「せいぜい、１ヶ月そこらの許容範囲なんでしょ？ 水瓶座なんだし。」 「そりゃそうだけど。」 笑い続ける俺の背広を脱がせて、ハンガーにかけながらあたるが言う。 「誕生日はわからなくてもいいんだもん。」 意外な言葉に俺は顔を見直した。 でもあたるははぐらかすように続ける。 「大体何度も聞いたわよ。素直に言わないあなたが悪いんだから。 文句は却下！ 早く着替えて。あ、先に戸締まりしちゃおうかな。」 店に飛んでいくあたるに苦笑する。 まあいっか。確かに教えなかったのは俺だし。 それにしてもびっくり箱だよな。 負けるよ。 ３．願い事 何はともあれ乾杯。せっかくだからと、ワインで。 天羽はまだ笑ってるけど、どこ吹く風のあたる。 「お誕生日おめでとう♪ 食べて食べて。頑張ったんだから。」 「はいはい。腹は減ってんだよ。だからありがたいけどなー。 ん、このハムうまいわ。」 「あのね、ハムは料理じゃないでしょ。誉めるならメインのシチューとかサラダとか。」 ふたりしかいないのに、なんともにぎやかなのはいつもどおり。 からかいながらも天羽の眼は優しい。 あたるは念願かなって（？）浮かれ気味。 他愛ない話をしながら、ふたりはご馳走を楽しんだ。 「あー、腹一杯。」 「ケーキあるんだよ。食べよ。」 「嘘。おまえ、まだ入るの？」 さすがに怯んだ天羽だけど、あたるは店からケーキを取ってくる。 見ればそんなに大きくなさそう。 中身は小さめのチョコレート・リング。シンプルなデコレーションだ。 「ここのケーキ、おいしいんだよ。」 「なんだよ、おまえが食べたかったんだろ？」天羽が突っ込む。 「・・・ばれた？」 肩をすくめるあたるが可愛い。 「でもね、ほんとにおいしいの。あんまり甘くないし、 あなたも好きだと思うんだ。ろうそく何本？」 手にはケーキ用のミニろうそくがたくさん。 「いいよ。小さい子供じゃないんだから。」天羽が逃げる。 「えー、でもやっぱりお約束だよ。一袋だけでも。ね。」 そう言って５本だけケーキに立てた。 赤・青・黄・ピンク・緑のミニろうそくに火を灯す。 「待って、電気消すから。」 パチッと蛍光灯が消えて。暗闇の中に揺らめく小さな炎が５つ。 こういう事やったのは一体いつなんだか。 天羽は妙に照れて苦笑するけど、あたるは尚も迫る。 「ほら、願い事して、吹き消して。ろうそくがたれちゃう。」 「願い事？」 「なんでもいいよ。健康とか仕事とか。なんでも。」 やらなきゃ承知しないんだろう。観念した眼にあたるの顔。 願い事・・・ね。 「消すぞ。」 ふーっと吹いた息で見事に炎は消えた。 「うまーい。おめでとう。」あたるが手を叩きながら聞く。 「で、何お願いしたの？」 「教えない。」 「ケチ。」 「言うとかなわないんだぜ。」 「そうだっけ？」 言えるかって。 この先も俺の視界におまえが居るように。 それが願いだなんて・・・さ。 ４．プレゼント 差し出されたのは小さな包み。 「バースデーにはつきものでしょ？」小首を傾げてあたるが言う。 「プレゼント？」 「ん。」 「ふーん。あけていっか？」 緑と黒のシックなリボンで飾った箱をあけてみると、ライターだった。 細長い銀の長方形に浮かび上がる黒いくじら。 いわゆるキャラクターではなく、リアルなザトウクジラが綺麗に彫り込まれている。 「へ・・・え。」思いがけず大人っぽいデザインに意外な印象。 「ちょっといいでしょ？」あたるが同意を求める。 「ああ、いいよ。よくあったな、こんなの。」それは本音。確かに気に入った。 嬉しそうにあたるの目が弛む。 「時間はいっぱいあったから。やっと暮れに見つけたの。その場で買っちゃった。」 その言葉に顔を見直す。 「いつから探してたんだ？」 「え？ あ、うん。・・・半年くらい前から？」 「おまえ・・・馬鹿。」 天羽の半分呆れ声に、でも今日は全然めげないあたる。 「だってさ。どうしてもあげたかったんだもん。できるだけいい物。好きな物。」 はずされたリボンを何気なく指で弄んで。 ワインを飲み過ぎたのか、ちょっと酔ってる。 「あたしはさ、あなたの誕生日がいつでもよかったのよね。」 さっきも言った台詞。気になっていた。 「あなたが生まれたことをお祝いしたかったから。」 「え？」 「あなたが生まれて、ここにいることに感謝したかったの。」 訝しげだった天羽の眼が見開く。 「誕生日はいつでもどこででも。 生まれて、出逢えて、それでここにいてくれるのが嬉しいんだもん。 だから、あたしが出来ることを全部。 頑張ってお料理して。おいしいケーキ買って。喜びそうなプレゼントを探して。 お祝いしたかったんだもん。」 照れもしないでこういうこと言うのは、酔ってるから？ いや、あたるだからだ。 ほんと、勝てないよな。 あたるは、ワイングラスを揺らして眺めながら、 いつのまにかリボンを、自分の手首に蝶結びにしている。 その横に椅子を持ってって座ると、つかまえる顔。 キスは軽く。羽みたいな感触。 あたるは開いたままの眼をパチパチさせる。 「へ？」 「おまえね、ムードなさすぎ。」 「だっ・・！ いきなりするからでしょー！」 「じゃ予告するぞ。今からキスするから動くな！ 眼は閉じろ！」 「は？」 強引に引き寄せられて。 動くなと言われなくても、動けやしない。予告されたせいか瞼は落ちる。 羽のようなキスをもう一度。 何度も角度を変えていたそれは、急に離れなくなった。 長いキスに声が漏れた。 「・・・んっ・・・」 合図のように離れた唇。赤い顔のあたるがうつむいてつぶやく。 「・・・ケーキ、食べようよ。おいしいんだから。」 「そうだな、せっかくだし。でもさ。」 「？」 「あとでもう一つプレゼント、くれるんだろうな？」 「え？」 「リボンのかかってる奴。」 きょとんとしたあたるが天羽の視線の先をたどると、自分で結んだ手首のリボン。 「あ・・・の。」 又真っ赤になって返答に窮して。ごまかす。 「と、とりあえず食べよ。」 「俺、あんまり入らないぜ。ちょっとな。」 笑いながらそう言われて、ナイフを手にして切り始めたけど。 あたるの手元は、なんだか狂いっぱなし。 でもケーキをのせたお皿を差し出す手に、リボンはつけたままだった。 天羽はいつもの笑顔を歪めて。 今夜はハッピーバースディ・ナイト。 リボンをかけたプレゼントをあなたに。 あなたが生まれて、出逢えたことに感謝をこめて。 < end > |