校内はすでに明かりも少ない。後片付けと支度を終えた生徒誰も体育館へ走っていく。生徒だけのお楽しみが待っているからだ。

《Fool's　Party　Night！》と大きな横断幕が体育館の正面にひらひらと舞っている。後夜祭はたけなわだった。二重三重と輪になって踊るのはありとあらゆる仮装をした生徒たち。数え切れないほどのお姫様王子様は言うに及ばず、ハローキティとかスーパーマンとか武士やら忍者やら、人魚がいたりシロクマもペンギンも。

Fool's　Partyとはよく言ったもの。クレイジーだ。
自分も含めて。
一歩入ったところで康平は笑うしかなかった。


二年前まではごくふつう、ただの文化祭うちあげだったと聞いている。去年、つまり康平たちが入学した年から突然、仮装パーティーになってしまった。脳裏に浮かぶ仲間の顔。洋輔ときたら。あんな涼しい顔して考えることは突拍子もない。

生徒の先頭に立ち教師を説得し、長い伝統の学校行事に次々と新風を吹き込んでいくその手腕。たいしたものだ。林子はその先棒担ぐようにして、ファッションショーをしてのけたし、実紀もスタンプラリーをまとめてみせた。

甲斐はというと去年も今年もおそらく来年も、後夜祭のスターだ。二重三重の輪の真ん中に作られたステージのてっぺんで、この瞬間もギターを手に場内を従えている。マイムマイム・ロックバージョンは去年同様大盛り上がりだ。

どうやって口説いたのか今年は教師まで加わっているようだ。もっとも誰が誰なのかわからない。流れ続ける曲に合わせてあらゆる仮装が手を取り輪になって踊る、まさに道化師の祭りだ。


康平の文化祭は剣道部の模擬試合と出店で忙しかった。どちらも地味だがそれなりに人でにぎわったので満足している。誰もが目立つ必要はない。自分が楽しめば十二分だが、後夜祭ばかりはそうはいかない。仮装にダンス。康平にすればもっとも苦手とする分野だがすでに開き直ってもいた。こういう場合正しい選択はひとつ。

「同じ阿呆なら踊らにゃっ損、てことだよな」
「康平？　マジ？　なんだよその格好」

素っ頓狂な声に振り向いたら、マトリックスがいた。いつものチタンフレームを黒のサングラスに代え長いコートを決めた生徒会長。どうせならこういう方向性にすりゃよかったと思う。

「洋輔、似合うな」
「おまえは似合わねえというか似合ってるというか」

洋輔がコメントに困るのは珍しい。なにしろ康平の格好は着ぐるみだ。濃いベージュの毛並み。丸い顔を縁取った頭には丸くて黄色の耳。笑うのを通り越して怪しまれかねない。

「クマ？」
「リラックマ、だとさ」
「どういう趣味だよ」

「実紀がな」
「実紀ぃ？」
「呼んだ？　洋輔じゃん。似合うー」

ふたりの間に飛び込んできたのはやっぱり着ぐるみ姿の実紀だった。まっ黄っ黄の頭にはとさかみたいな二本の黒毛。と黒丸の目がふたつとオレンジ色の分厚い唇。信じられないって顔で洋輔がのけぞる。

「実紀？　おまえ」
「康平とペア。リラックマとトリさんよ。かわいいでしょー」

腕にぶら下がられて思わず彼女の方へ傾く。まるで自分の恋心をそのまま図式したみたいできまり悪いったらない。洋輔のあきれ顔がさらにあおる。

「よくまあ康平にこんな格好、承知させたな」
「やるなら派手にペアルック。フォークダンスは離れてることが多いんだもん。これっくらいはね」
「康平……」
洋輔がいかにも気の毒そうに小声でささやいてくる。

「尊敬するよ」
「よく言う。後夜祭を仮装にしたのはおまえだろ」
「去年はまだまともだった」
「こういうのはエスカレートするんだって」

「ああもういいでしょ、康平、行こう」
「ちょ、おい、洋輔」
「がんばれよー」

ひらひらと手を振るマトリックスの格好良さに少し後悔しながら、三角に尖った黄色いしっぽのトリにひっぱられていく自分。果たしてどんな風に見えるんだろうと不安になったが。


踊りの輪に加わったら不安などすっとんだ。二年目のせいもあってエスカレートしてるのは自分たちだけじゃない。おとぎ話からアニメ、漫画に映画、生物無生物なんでもありだ。それがみんな手をつないで踊る。異次元だよなぁ。笑うしかない。

マイムマイムはオクラホマミキサーに変わって次から次へとパートナーが移っていく。実紀はどこまで回ったろう。知っている顔、知らない顔。ゴスロリチックで唇まで黒くした林子が現れた。

「康平？　マジ？　実紀にやられたわね」
林子は手を取ってから離すまでずっと、黒い唇を思い切りあけて笑いころげていた。憎たらしい。

目を丸くしたのは汝月だった。赤いマントに赤いフード、手には買い物かごだ。熱気に当てられたのかいつもは白い頬が赤く染まって、余計に似合う。康平との取り合わせに周囲が受ける。
「赤ずきんにクマか」
「ぴったりじゃん」
「いぇい」

やじられてなおさら赤い頬でささやく彼女。
「康平なの？　やだ可愛い」
「可愛いはそっちだろ。俺のは不気味っての」
「ぶきみって」

ぶっと吹き出した彼女をこづく代わりに指先をぎゅっと握った。目をまん丸にした赤ずきんが次の人へ移っていく、その可愛らしさに思わず笑いが漏れた。いつもと違う彼女が新鮮だった。


目を転じると向こう側で輪からはずれたマトリックスが黄色いトリと言い争っている。何をもめてと思ったらゴスロリ少女が分厚い靴を引きずって仲裁に入るのが見える。舞台の上で絶叫している甲斐がギターを振りまわすと、お尻でふさふさしたしっぽがはねた。ありゃ狼か？


なんだかもうむちゃくちゃだ。笑みしか浮かばない。ああほんとにバカばっかりだ。この場所が、この連中が、大好きだ。

明日がどうなるかわからないけれど、今だけは一緒に踊っている。この絆はきっと切れない。卒業しても。大人になっても。そう信じられる。


甲斐のギターがさらにテンションをあげる。オクラホマミキサーはまたマイムマイムに変わってみんながぐるりと手をつなぐ。文化祭の終幕、一夜のFool's　Party はまだまだ終わりそうになかった。





　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　bunkasai　-　kouhei　　/　end　＞