違う。あり得ない。
真っ向否定だ絶対。


視聴覚室の空気が震えている。揺れている。わんわんと反響する音。教壇に作られたステージの上でマイクに向かって絶叫しながら、甲斐の心は銃口をむけられたパニックさながらだった。

目の前では制服も私服も、男女入り混じった聴衆が彼の歌とギターに熱狂している。荒れ気味の声もロック調の曲に嵌はま　って聞こえるらしい。頭をふり髪を乱してリズムに乗る男子。手を伸ばしてくる女子の中には泣き出さんばかりなのもいて、払いのけると悲鳴になる。うっとおしい。


女なんてどいつもこいつも母親と同じ、ろくでもない生き物だというのが甲斐の信念だった。周りに群がる連中を見ればわかりきっている。

歌を歌ってるから、カッコいいから、ギターを持ってるから、小さなライブハウスで喝采を受けるから。そんな理由で好きだ愛してるとしなだれかかり、安易に体すら投げ出してくる。好きだよね愛してるよねとごり押してきて突き放せば怯える。そんなのばかりだ。


確かに実紀と林子は違う。仲間だから。色目も使わなければ恐れたりもしない。もちろん汝月も違う。静かに澄んだ月の光のようなまなざし。だからって惚れるわけない。冗談じゃない。

そりゃあ汝月はいい女だ。入学式で会った時からそう思ってた。ひっそりとして見えてもしっかり意志があって、でも人を傷つけない。大きく手を広げて包み込んでくれるような。

惚れてなんかないって。女に惚れるってのはロシアンルーレットと同じ。一発食らったら破滅。お先真っ暗まっさかさまだ。



暗幕で締め切った窓。銃弾のように狙ってくるライトは否定も救いも見せず、熱気の渦を貫いて場内に舞い上がるほこりを映し出す。音が詰め込まれすぎた空間は無音と紙一重だ。宇宙へ投げ出されたみたいな錯覚に陥る。

浮かんでくる、さっきの汝月の言葉。
笑顔。

『甲斐は誰より私のこと、わかってくれるのね』


まだナイフで刺されたことはないが、きっと刺されたらこんな風だ。
痛い痛い痛い。ちくしょう、どうすりゃいいんだ。

わかってる。わかりたくなくても知ってるさ、汝月。
おまえが好きなのは俺じゃない。
そんなことまでお見通しさ。



曲はクライマックスに近づく。傷口を押し広げるように腹の底からシャウトすると、聴衆が一層あおられる。ライブはいまや最高潮だ。

愛も恋も欲しくない。
苦しいだけ、辛いだけだそんなもん。
絶対違う、誰かそう言ってくれ。



　　生はかりそめ　命はうたかた
　　空にはじけて溶ける虹

　　わかってるのに　性懲りもなく
　　石ころみたいに　握りしめる思い

　　叩きつけても　砕けない　散らない

　　名をつけるな
　　名を呼ぶな
　　たったひとつ　ひとつだけのＲＥＡＬは

　　君に




防音された壁が封じ込める音と心。
甲斐の叫びは呑み込まれるだけで、応えはどこからも戻ってなかった。





　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　bunkasai　-　kai　　/　end　＞