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14.文化祭  洋輔(剣道場)   (2年11月)



剣道場の空気は水を打ったように静まり返っていた。


防具をつけ竹刀を持ち、そん居して向かい合う部員ふたり。道場の中はもちろん外からも洋輔と同じくたくさんの観客が見守っている。

剣道部の模擬試合は地味なようで毎回人垣ができるほど人気だ。板壁の格子窓を外からのぞき込みながら、平和な世の中だからこそ緊迫した空気にあこがれるんだろうかなどと、皮肉な見方が洋輔らしい。


「はじめっ」

審判の声に我に返るまもなく、パーンと高らかに竹刀が鳴った。赤旗が三つあがる。

「胴一本、赤!」

あまりの早さにだれ一人として声を上げない。中央に直ったふたりに審判が宣する。

「勝者、赤」


礼とともにようやく呪縛がとけた。ガヤガヤとざわめきが場内に戻ってくる。洋輔の耳にも届く感嘆のさざ波。

「早すぎ」
「最後の、見えなかったよ」
「つえー」
「あれが部長だって」


後列に退いて正座し、面をはずしているのは確かに康平だった。だよなやっぱりと納得する。額にあてていた手ぬぐいで汗を拭いながら、隣の仲間に話しかけられて微笑んでいる、彼。


寡黙で静かで、激しい男だ。剣道は小学校から続けていて、中学高校は常に全国大会の常連だ。口数が少ないので怖がられたりもするが、つきあえばわかる。厳いか つい容貌に隠された細やかな情。

友人としても、おそらく恋人としても文句の付けられない男。父親を早くに亡くして母親と妹の三人暮らしのせいか、女性に対してとことん優しい。相手を尊重し無理強いをしない。


もしかしたらそこが、隙になるかもしれない。


ふと眼があった。片眉をあげた康平が仲間内だけにみせる打ち解けた笑みをこぼす。ずしりと洋輔の胸にかかる重石。

かろうじて自分を保ち、指先二本で合図を送るとそこから離れた。忙しいのはお互い様だからいぶかしがられることもないはずだ。実紀がいなくて助かった。


どうしてあいつなんだろう。
いや、あいつだから実紀のメガネに叶ったんだ。

何千回何万回繰り返してきた自問自答をまた繰り返す。自分は? 友達の顔してチャンスを狙う、こんな奴が彼女のメガネに叶うと思ってるのか、どうなんだ?

押し寄せる自嘲はやりすごした。遠からず時はくる。選ぶのは実紀だ。
考えてもしょうがない、今は。


「会長、後夜祭のことで」

文化祭委員に呼び止められて考えるのをやめた。

「本部できこう」
「お願いします」

今は、目の前のやるべきことをやるだけ。


メガネのフレームを指で押し上げながら意識を切り替え、歩きだした洋輔。校内は混雑が増している。文化祭の入場者はまだまだ増えそうな気配だった。





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