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6.イオナズン・スマイル  (2年12月)



やられちゃったのは笑顔だったなぁ。

駅裏のコーヒーショップ。湯気を立てるカフェオレを両手で包み込みながら、実紀は日射しだけは暖かな冬空を窓越しに見上げた。


県庁所在地である市内には8つの公立小学校と3つの中学校がある。特に希望しなければ地区ごとに分けられ、エスカレーター式に進む中学は決まる。違う小学校同士の実紀と康平が出逢ったのはそんなありふれた理由だった。


1年生で同じクラスになった時は彼を変な奴としか思わなかった。

実紀自身は小学校の頃から男の子に人気があった。今時は幼くても彼氏彼女の関係が或る。実紀は小学校で3人彼氏が変わって卒業で切れた。3人ともふったのは自分だ。物足りなかったというのが本音。この年頃は女の子の方が心も身体も大人びている。

中学で、新しい出会いに期待していたが、好みはやっぱり「優しい人」だった。格好良ければ尚可。正直同じクラスの、ガタイばかりでかい無愛想な男など眼中になかった。

笑った顔なんて見たことない彼だが、周囲に人は集まった。男女問わず皆、彼の意見を聞きたがり、何かにつけて声をかける。一目も二目も置かれる存在。

「どこがいいんだろ」
小学校からもちあがりの親友・林子にそう愚痴ると笑われてしまった。

「実紀じゃ無理かな。桜川の魅力は」
「何よ。林子はわかるわけ」
「そりゃね。タイプじゃないけど」
「どこがよ」
横目でチロッと実紀を見てから林子は思案げに首を傾げる。

「そうか。あんた見たことないでしょ」
「何を」
「桜川の笑ったとこ」
「ないけど」

なるほどと言いたげに林子が口の端をつりあげた。
「だからよ」

かけられた謎を実紀がようやく解いたのは中2になってからだ。


やっぱり同じクラスで迎えた球技大会。女子はバレーとハンドボール。男子はサッカーとバスケット。クラス対抗は接戦で、最後の男子バスケットに優勝がかかった。ハンドボールで大活躍した実紀もあとは応援するしかない。

コートの外に並んで声を限りに叫ぶ先には康平もいた。大きな図体は予想外にしなやかで、どれだけ走ろうと息も切らせず常に冷静。相手クラスにバスケット部のレギュラーがふたり居たにもかかわらず、競り合いが続いた。

時間は残り数秒、こっちは2点足りない。間に合わないと誰もが思った時、康平にボールが渡った。応援席から絶叫が上がる。

「桜川ー!」
「おねがいー!」

ゴールを彼方に見ながら、康平は迷うことなくシュートした。
スリーポイントだ。

実紀の胸は早鐘を叩いた。どくんどくん体中に響く。きれいな弧を描いたボールは、他のラインは有り得ないとでも言うようにリングの中へ吸い込まれて、落ちた。同時にホイッスルが鳴る。

「勝ったー!」

クラス中がコートになだれこんで狂喜乱舞。ドラマみたいな幕切れだった。康平を取り囲んだクラスメートは誰もが賞賛の嵐だ。

「桜川、偉い!」
「カッコイイー」
「よく決めたな」
「バスケット部形無しじゃん」

勝利に酔うようにして実紀もその輪の端にいた。日頃のこだわりを忘れて彼に腕を叩いてしまうほど。笑いかけると、見下ろす彼は眼を見張って驚いていた。ろくに話したこともないから無理はない。

「桜川くんすごい。あたし感動しちゃったよ」

次の瞬間、実紀は悟った。この無愛想な男に人が群がる理由。RPGにたとえるならイオナズン。全てをひくり返す威力を持つ、笑顔。

「次石こそすごかった。ハンドボールラストのシュート」

ガラガラと崩れ落ちた天井の割れ目から陽光が射してきた、そんな気がした。あの日、生まれて初めて実紀は本当の恋に落ちたのだ。



「実紀」

思いから覚めて実紀は顔をあげた。
いつのまにか向かいにいる、彼。

「悪い」
「ほんとよ。大事な彼女を待たせるなんて」

ぷぅとふくれるとくるり、目を回した康平が笑い出す。初めて見た時と変わらぬインパクト。その笑顔が見たくて拗ねてるなんて、彼は多分わかってないけど。

「埋め合わせしてよね」
「映画とパフェだろ」
「ショッピングも」

「ぐえ」
「どっちも部活がない日なんて珍しいんだから」

そのとおりだ。高二の冬。康平は剣道部主将で実紀は陸上部エース。多忙を極めるふたりだけれど、時間は作れる。思いがあれば。

コーヒーを飲み終えた康平が立ち上がる。
「なら時間は有効に、だな。映画始まるぞ」
「うん」
弾けるように答えて実紀は彼を追った。



腕にぶらさがるのも、隣に立つのも自分。
これまでもこれからも、彼の笑顔は自分だけのもの。

そう信じて疑わなかった頃。





               < smile  / end >



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