校門で立ち止まった国木田　甲斐くにきだ　かい　は、『入学式』と描かれた立て看板を前に肩のギターを担ぎ直した。

県立楢なら　高校。
甲斐自身も今日からここに籍を置く。


式までゆうに２時間はあった。朝っぱらからやってきたのは練習のためだ。すでに入部を決めた軽音部の新歓活動で歌うことになっている。

人前で歌うのは好きだが、油断して恥はかきたくない。合格してすぐに入部希望を伝え、何かと顔を出しに来ているので校内も勝手がわかっている。部室めざして急いでいた甲斐の足がふと止まった。


名前が示すとおりこの学校を取り巻いているのは楢なら　だ。秋はドングリだらけになるが、今は春。校門から校舎までの道を縁取るのは桜だ。うまく時をあわせたのか満開を過ぎようとするあたり。風もないのにはらりと花が舞う並木の脇、甲斐のすぐ先に女生徒が立っていた。


ここの生徒に違いないのは制服でわかるが、上級生だろうか。首の後ろにバレッタで留めた髪は背中へ柔らかく流れている。高い背。細い体。肌は白い。見上げた桜の、花が泳ぐたび眼が軌跡を追いかける。笑みを浮かべ手にはスケッチブック。

誰だろう。

女という生き物に否定的感情しか持っていない甲斐としては、実に稀なる好奇心だった。視線が強すぎたのか引っ張られるようにこちらを向く女生徒。

笑みの代わりに浮かんだ表情。初対面から媚びを売られることが多い甲斐にとって、向けられた警戒と怯えは新鮮だった。制服が真新しいのを見て取る。同じ新入生か。


ちらと見る時計。
練習時間を削るわけにはいかない。

用心を緩めない彼女に向かって、甲斐はおもむろに空を指さした。頭上高く。相手はわけがわからぬ顔で空と甲斐を見比べる。
「晴れて、良かったな」

目を見開いた彼女は、ゆっくりゆっくり表情を解いた。
「ほんとね」
満開の桜に負けぬ微笑は、行き過ぎようとしていた甲斐の足をしばし縫い止めるほどの力があった。

みつめあって数秒。軽く手を挙げ走り出した甲斐の、踊る心にあわせるように背中でギターが揺れた。


幸先がいい。
ここでの３年間はきっと楽しくなる。



式後。
クラス分けされた教室で彼女を見つけて確信を深める甲斐。
窓の外では薄紅色の花びらがいくつも宙を舞っていた。





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