初対面では彼が一番とっつきにくそうだった。
「ねえ彼女よ。同じクラスの汝月なつき。由良汝月ゆら なつき っていうの。美人でしょ」
とびきりの美人にそう言われても困る。そう思いながら横目で見たのは、自分の左側でとうとうと弁舌を奮っている次石 実紀つぎいし みき だ。ストレートの髪を耳下で切りそろえた粋なスタイルが似合っている。小柄な身体はエネルギー満タン。おそらく新入生の中でも指折りの美少女。
「実紀。汝月がおたおたしてるぜ。もうちょっとソフトに」
ここまで自分を連行してきた片割れのくせに、そんな風に茶化している男は国木田 甲斐くにきだ かい 。やっぱりビジュアル系だ。
入学したばかりの高校で何をどう間違ったのか、クラスで一番目立ってるふたりに気に入られてしまった汝月だ。東京から来たばかりで知り合いなんてひとりもいない身だから有り難くもあるのだが、できればもう少し地味な方が、なんて後の祭り。
一緒に行動して2週間。中学からの仲間に紹介すると引きずられてきたファミレスで、待っていたメンツがまた華々しかった。どう見ても自分が場違いに思える。
チタンフレームの眼鏡の奥から怜悧な視線を投げてくる、いかにも頭が良さそうな彼は篠井 洋輔しのい ようすけ 。確か新入生代表で挨拶していた、つまり入試トップのはず。まさに頭脳派。
その向かいからジロジロと遠慮なしに上から下まで見定めてくる彼女は、美人というより色っぽい。同じ年のはずだが制服が妖しく見える。茶髪のウェーブは汝月と違って巻き毛のように大きくうねる。ぱっちりした眼とまつげ。赤い唇で久賀 林子くが りんこ と名乗った。
洋輔の隣には見るからに大きな体つきの男がいた。甲斐も背が高いが骨太さが違う。その上、人を見透かすような鋭い目つきに汝月は怯んだ。
「こら。汝月が脅えるでしょ」
後ずさりしかける汝月の背中を押しながら実紀が言った。出逢ったその日から呼び捨てになったが不思議といやではなかった。
「見てるだけだろ」
「康平のは威嚇いかく よ」
「違いない」
甲斐が笑うと林子と洋輔もクックッと忍び笑いをしている。
「ごめんね。悪気はないのよ。だから怖がられると傷つくの」
「実紀おまえ」
「私の大事なダーリンだから、勘弁してね」
座っている康平の肩に抱きつくように顔を寄せる実紀を汝月は驚いてみつめた。初耳だ。周囲は慣れっこなのか苦笑のみ。康平の殉教者のような、そのくせどこか嬉しげな様子がなんだか可愛く見えて、クスッと笑ったら全員に注視された。
「へぇ。笑うと可愛いじゃん」
これは林子。
「美人て言うんだろ」
洋輔が訂正してにらみあう。
「でしょ。だから美人って言ってるのに」
実紀が自慢げに繰り返す。
「おまえは保護者か」
甲斐が笑う。
仲間内のただの掛け合いだろうが、慣れぬ汝月は狼狽えている。手をさしのべてくれたのが彼だった。
「…桜川 康平さくらがわ こうへい。どいつもうるさいけど、取って食ったりしないから」
木訥ぼくとつ な口調にホッと気が緩んだ。
「こちらこそよろしく」
改めて見る彼は美形とは言わないけれど。鋭い眼光に似合いの、ノミで削りだした木彫のような顔立ち。通った鼻筋は太く眼窩は深く瞳は漆黒。その手を握ってドキリとする。自分よりはるかに大きくて骨張ってしっかりした手は、男子じゃなくて男の人の、ものだと思った。
「やだー康平ったら。いつまで握ってんのよ」
実紀の笑い声にパッと手を離して汝月が赤くなった。甲斐がうんざりした口調だ。
「実紀。おまえはほんと康平命、だね」
「今さらでしょ。でなきゃ告ったりできないわ」
「そーよねぇ。康平みたいな鈍感は告られなきゃ気づかないもん」
林子が突っ込んだ。
「でしょでしょ。大変だったんだから」
「鈍感で悪かったな」
「悪くないわよぉ。そこも好き」
「…おまえらってほんと馬鹿」
洋輔はやってらんないという顔だが誰も気にしない。
「ほら汝月。馬鹿だって。ひどくない?」
にぎやかな輪の中にいつのまにか引き入れられてからも、汝月はさっきの感触を思い出していた。深海の底でゆらぐ魚のような感情が、何かなんて考えもしなかったけれど。
後に知る。
あの手が、汝月には始まりだったことを。
< sinkaigyo / end >
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