25. 絵本 羽矢×美琴 （ふたりの軌跡） 25. 絵本 羽矢×美琴 （ふたりの軌跡）
「『いないいないばぁ』・・・ねぇ・・・」 古びた絵本を手にした羽矢が、 不思議そうな顔をした。 美琴の家。例によって仕事で早苗は留守だ。 これからデートに出かけるつもりで、 迎えに来た羽矢だったが。 「ごめんね。実験が時間食って、さっき戻ったところなの」 「そのままでいいけど」 「駄目」 そこは女。 久しぶりのデートなんだからお洒落がしたい。 「あがって待ってて」 というわけで、リビングのソファに座ったわけだが。 長居する気もないのでどうも手持ち無沙汰。 なんとなく周囲を見回す。 もう見慣れたリビング。 テレビの横にはオーディオ。これは早苗の趣味。 それから本棚。 医療系雑誌が目を惹くのは仕方ないだろう。 その中に、そぐわない本が挟まっている。 手に取ったのがこの絵本だった。 パラパラとめくれば、なんのことはない。 言葉も覚えるか覚えないかぐらいの幼児向け絵本。 目の大きな独特の絵柄。 動物が入れ代わり立ち替わり、 「いないいない」「ばぁ」を繰り返す。ただそれだけ。 「・・・おもしろいのかね、これ」 羽矢にするとそれが実感。 「おもしろかったよ」 支度を終えた美琴が出てきたのに気づかなかった。 ちょっと見取れる。 淡いオレンジのニットにチョコレート色のロングスカート。 ベージュのスカーフが首まわりを覆っている。 「おばあちゃんがね、読んでくれたの」 「おばあちゃん？」 あまり口にしなかった呼び名だが、聞いてはいた。 美琴が小学４年の時亡くなったらしい。 忙しい早苗の留守を守り、彼女を育ててくれたのは祖母だったという。 美琴は近づくと羽矢の横に座って、絵本を手にする。 「ほら、母は看護師って仕事上、夜勤もしょっちゅうだったし。 あたしを寝かしつけるのは大方おばあちゃんだったのね」 懐かしそうに、今にもとれそうなページを指でたどる。 「寝る前には必ず絵本をせがんで。 でも面白い本とかだと返って目が冴えちゃったりして」 クスクス笑う眼は昔を思い出している。 「だから、この本はお気に入りだったの。 おばあちゃんにも。あたしにも。 何度でも繰り返せて、そのうち眠くなって寝ちゃうから」 「退屈しそうだけど」 どうも幼児心理は羽矢には遠い。 「こういう繰り返しってね、 わかってても子どもワクワクするんだって。 ページをめくる前から『ばぁ』っておばあちゃんが言うのが、 もう待ち遠しかったもの」 「・・・そういうもんか」 羽矢もクスクス笑う。 「あの頃すでにかなりの年でね。 母の代わりで見てくれるのも大変だったと思う。それに」 美琴が不意に口をつぐむ。 羽矢がいぶかしげに隣を見る。 「・・・多分、おばあちゃんは知ってたから。あたしの・・・コンプレックス」 絵本の上で指先が震える。 「心配・・・してただろうな・・・亡くなったのは突然だったけど・・」 美琴の脳裏に浮かぶ。 母に似ていてちょっとしわくちゃな、祖母の顔。 「・・・・もっと・・長生きして見て欲しかった。 ・・・・いまのあ・・・たし・・・」 ポツンと絵本の上に落ちた雫。 羽矢は黙って美琴の頭を抱きかかえる。 「見てるさ。知ってるよ、きっと」 「・・・そ・・・かな・・・」 「天国なら何でも見える」 「・・・う・・ん・・・・・」 できるなら、自分も逢いたかったと思う。 羽矢の眼は、リビングの片隅。 ひっそり微笑む、仏壇の写真を捉える。 おそらく今の美琴の土台を創ってくれた、優しかった人。 叶わないなら、できることは。 羽矢は美琴の髪をなでながら、そっと言った。 「今度。晴れた日に。お墓参り行こう」 「・・・おは・・・か・・？」 「あぁ。紹介してくれるだろ、おまえのおばあちゃん」 「・・・っ・・・りゅっ・・・さっ・・！」 堪えきれず声を挙げて泣き出した美琴を、 羽矢はギュッと抱きしめた。 大丈夫。 この娘は元気で幸せだからと伝えに行こう。 美琴の足元に広がったページ。 クマが大きな口をあけて笑っている。 『ばぁ』 『美琴、笑って』 祖母の声が聞こえるー。 ＜ 25 / end ＞ |
★あとがき★
おばあちゃんの話。
本編では早苗さんがらみでほんのわずかしか出してないんですが。
実はおばあちゃん子だった美琴です。
※「いないいないばぁ」＜松谷みよこ昨 瀬川康男絵 童心社＞
お子さんがいらっしゃれば誰でも知ってるベストセラーですね。うちも大好きでしたよ（＾＾）
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