３０のお題　12.　チェイス（追跡）

　　12.　チェイス（追跡）　　さくら×伊倉＋幸造　（おとこ運勝手につづき）

「父さんっ、伊倉どこっ？」

漁師町の飲み屋は顔なじみばかり。
通う同士はもちろん、ヘタすりゃ家族にまで筒抜け。
そんなものだ。

「伊倉ぁ～？　さぁてなぁ」
「隠したら承知しないから！」
「お、おい。んなことしてねぇよ。さっきまでここに・・・」
「・・・・逃げたわねっ」
叫んだ時には後ろ姿。

「おい、さくら。さくら？　・・・いっちまったぜ」
「よぉ、幸造さん。夫婦ゲンカかい？」
「んー？　いやぁ伊倉の野郎はさ、昔っから尻軽いから。
　美人見るとでれでれするしな」
幸造が笑いながら徳利を傾けると、ぐい飲みからこぼれる酒。

「そりゃ男なら」
「まぁね。それくらいはさくらもわかってっだろうけど、ほら。
　先週。盛り上がってたろ」
「あー。新顔の若い子がいたとこ」
「そーそー。ありゃ可愛かったよなぁ、俺だって」
「それでそれで？」
面白そうだ、とみんな集まってくる。
人の不幸は蜜の味・・・いや、男の連帯感としとくか。
幸造はニヤニヤ続ける。

「あとでわかったんだが、あの日さ。実は伊倉の誕生日でな。
　さくらの奴、内緒でいろいろ用意してたんだ」
「あれま」
「確か翌日、漁が休みだって朝まで・・・」
「そ。俺がかついで帰ったろ？
　そしたらさくらが玄関で仁王立ちだぜ。怖いのなんのって」
「・・・・そりゃ怖い・・・」
さっきの形相に５割り増しの、さくらの阿修羅像が思い浮かぶ。
全員悪寒でぶるっ。

「おまけに伊倉は潰れてるしさ。もうその晩なんて物がとびかって」
「派手だねぇ」
「さくらちゃんだもんなぁ」
「で？」
さらに聞くのはやっぱり他人事。

「そこは新婚だし。どうにか納まったんだけどな。
　ほら、伊倉の奴ずっとおとなしかったじゃん？」
「おとなしいっつーか」
「初めはああいう人かと思ったんだよな？」
うんうんとうなづく頭がたくさん。

「土地にも人にも仕事にも慣れてないから、緊張してたんだよ。
　やっと慣れてきて、緊張の糸が１本ずつ解けてさ。
　それはいいんだがな。本性も出てきて」
「・・・つまり・・・」
皆まで聞かないうちに、表から再びここまで響き渡ってくる。
足音二つと、声二人。

「このバカッ。逃げてばっかり。勘弁しないからっ」
「さ、さくら。ほら。そんなに怒ると美人が台無しだって。な。な。」
「・・・誰のせいだと思ってんのっ」
ぱっちぃ～～ん！

「鳥あたま！　勝手にしろっ。もう知らない！」
カツカツカツと靴音が遠ざかる。
「ってぇええ～っ　あ、あれ・・・さくら？　待てよ。待てって～」
もう一つの足音が駆けだしていく。

伊倉の声と足音が聞こえなくなってから、
耳を澄ませていた全員がはーっとため息を吐いた。
ひとり、幸造だけ笑っている。
「いいのかよ、幸造さん？」
「ありゃまた、一騒動やってっぞ、家で」
「いいってことよ」
腰を上げる風も見せず、幸造はまたぐい飲みを空けた。

「追いつ追われつは惚れあってるってことさ」

顔を見合わせた周囲が、どっと笑い崩れた。
「そりゃそうだ」
「よし、さくらちゃんに乾杯っ」
「誠さん、がんばれっ」

仲良きことは美しきかな。形は色々違っても。
それもまたよし。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　12　/　end　＞

★あとがき★
この二人も久しぶりですね～……って相変わらず？（爆）。
まぁ、伊倉だから。さくらはこれから大勝負なんですよ、ええ。
がんば！

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