7. アイスティー 光姫×一星 7. アイスティー 光姫×一星
一星は器用だ。 まだ知らないことだらけだけれど。 この喫茶店で彼は常連らしい。 客と言うよりも店の人みたいに、そこら中の人と挨拶を交わしている。 「よう、一星・・・わお、すっげぇ美人連れてきたな」 「なんだよ、ナンパ？」 「落としたのかぁ？」 聞きようによってはずいぶんなセリフだ。 「ちがう。落ちたの」 またこの男は。嘘ばっかり。 そう思ってるのに、なんでこう、顔は熱くなるのか。 自分でも情けない。 「ひょーっ、一星を落としたのかい、彼女」 「ますますすげぇっ」 「ちっ、違います。落としてなんか」 黙ってちゃ駄目だ。あわてて否定しようとしたら。 「そうそう。落とされたんじゃなくて、落・ち・た・の。 違うでしょ全然」 一星はあたしを椅子に掛けさせながら、あっさりそう言う。 間違いを添削する国語教師みたいに。 『落とされたんじゃなくて』 『落ちたの』 ー自ら？ 「ふぇええええ、こりゃ本物だわ。ニュースだ」 「こいつがね」 「えーっ、一星くーんっ」 「いやぁーっ」 本気なんだか遊んでるんだか。 店内は騒然。 まるでワイドショー番組が映し出すスキャンダル現場。 あたしに一体どうしろと？ って、あれ。 困り切って隣をみたら、いるはずの男がいない。 逃げたっ？ 思わず腰を浮かせかけたあたしの前に、コトンとグラスが置かれた。 「喉、乾いたろ。飲んで」 逆三角形みたいなクリスタル風グラスに、丸いアイスキューブが押し合っている。 差されたストローはト音記号みたいな形。  「あぁっ、いいなぁ。一星くんのアイスティー・スペシャルぅ〜」 「ひっどーい。作ってっていっても作ってくれないのに」 「そりゃね」 非難と羨望の声を彼は軽くあしらって。 いつのまにか入っていたカウンターの向こうから、 あたしの目の前に両肘を付く。 のぞき込んでくる眼。 「スペシャルは特別な人にしか作らない。当然でしょ」 だから。 あたしのこの頬が鉄板みたいに焼け焦げないうちに、 その甘い言葉と視線をやめてよ。 とにかく体の中からでも冷やそうと、目の前のストローに口を付ける。 きゅるんとジェットコースターみたいにカーブしながら。 飛び込んでくるとびきりのスペシャルアイスティー。 その味に、ついつい顔が緩んで。 まだ見つめてる彼をそっと見上げた。 「美味しい」 彼の眼は嬉しげに、三日月みたいに細くなった。 ＜ 7 / end ＞ |
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