衛人えいと　は夢を見ていた。
　まぶしく輝く天使の夢。クリスマスならでは。

　天使を抱きしめる。心落ち着く香りだ。温かくて抱きしめがいのある体をまさぐる。柔らかくてふさふさの毛並みだ。真冬にもってこい、湯たんぽみたいじゃないか。

　「くうん」
　鳴き声がまたいい。
　ちょっと甘えて子犬みたいに嘗めてくるのも。
　「わん」
　そう、ワンと。

　ワン？

　衛人は目を開けた。視界に飛び込んできたのは犬だった。互いにひと目惚れしたもの同士。確かに愛しているが、だからって。

　「リンク？」
　「ワン」
　「ワン、じゃないだろ。なんでおまえが寝床にいるんだ」
　「オン」
　「ベッドに入っちゃだめだって言っだろうが」
　「クーン」
　「ごまかすんじゃ、こら乗るな、やめろ」

　リンクはでかい。保健所に居たとは思えない立派な体格で、仰向けの腹にのしかかられると圧迫感が半端じゃない。ぐえ、潰される。

　「降りろ、降りろって」
　リンクは衛人の命令をなかなかきかない。甘えているのよと奥さんの晶あきら　は笑うけれど、こうも無視されると笑ってばかりもいられない。

　「リンク！」

　さすがにまずいと察知したようだ。ベッドと衛人から飛び降りたリンクは、足下にきちんとお座りした。はっはっと聞こえる息づかいに興奮が読みとれる。

　やっとこさ起きあがってあぐらをかいた衛人に、向けられる期待に満ちた目。この目に弱いんだよなあ。まだ半分寝ぼけながら衛人はリンクを見やった。

　この半年で見違えるほどきれいになった毛並み。ブラッシングの甲斐あって、すべすべの手触りは見栄えも良い。秋に新装オープンしたホテル『月船』の、フロント横に陣取るようになったリンクは、有名デパートのライオン像を思わせる風格で、宿泊客にも人気があった。

　リンクに許される場所は、フロントを含む一階のロビーと通路、そして庭だ。宿泊客には予約時に必ず、食べ物ほかのアレルギーを確認するので、特に問題は起きていない。

　そもそもリンクがこれほど甘えるのは衛人ひとり。運命的な出会いというのは、人間同士に限らないのだと教えられた。もちろんその前に、運命の女性と出会っていたからこそだが。


　「リンクー、えいとー？　いい加減起きてぇー」

　リビングから彼女が二人を呼ぶ。ぱっと耳をたてたリンクがあっと言う間にかき消えた。全く。彼女の言うことは絶対だな。

　立ち上がった衛人はカーテンを開けた。縁側の向こうに庭が広がり、その向こうに二人が働く『月船』が見えた。


　ここはかつて祖母と住んでいた家だ。半年かけて改築して、秋に結婚するとここに移り住んだ。衛人とリンクと晶、ふたりと一匹の暮らしにようやく慣れたところだ。

　慣れたんだが。

　ざわっと胸がざわついた。昨日、クリスマスイブに彼女が告げたのは現実だっただろうか。あわてて衛人もリビングへ急いだ。


　ダイニングテーブルには朝ご飯が並んでいた。その横で晶がリンクを餌皿の前に座らせ、待てをさせている。衛人を見上げて眉をしかめた。

　「遅いわよ、いくら御崎みさき　さんがいてくれるからって、イブをひとりで働かせちゃったんだから」

　御崎とは、秋の新装オープンから加わったスタッフのひとりだ。衛人より年上で経験もある。愛想と意欲はさらにあって、もう何年もいるみたいに『月船』に馴染んでいた。二人にとって結婚初めてのイブだからと、気を使ってくれたのも彼だ。

　いや、それより。

　「晶」
　「早く食べないと……何？」
　「ゆうべさ、言ったよな」
　「何を」
　「だから。夢じゃない、よな」

　呆れたように晶が立ち上がった。
　見上げてくる顔がはにかんで赤らむ。

　「やだ。忘れちゃったの？」
　「忘れてないけど、夢とごっちゃになって」
　「しょうがないわね」
　耳元でささやかれる。

　「来年の夏には、四人家族よ」

　晶は笑っている。輝いている。思わず衛人が抱きしめると、リンクが二人の間に鼻面を押し込んできた。

　「こらリンク、お腹を押すな」
　「だから待てって言ってたのに」
　「四人家族だ。四。おまえもちゃんと頭数だぞ」

　言い聞かせられ頭をなでられて、リンクが嬉しげに吠える。
　衛人と晶も笑いだした。


　いいことがたくさん起きた一年が、もうじき暮れる。
　新しい一年には、早くもいいことが約束されている。

　晶のお腹にそっと触れると、夢がよみがえった。そうか、天使はここにいたのか。晶がほほえんで手を重ねる。かたや餌を前にして、リンクの忍耐は風前の灯火だ。
　

　予約された新たなる客で、満員御礼の二人の心。
　外では祝福のように、ちらちらと雪が舞っていた。





　　　　　　　　　　　　＜　Angel　xmas　 ／　end　＞