クリスマスの夜。

定時でジルボックスを閉めた朔美さくみ　は、大急ぎで後かたづけをすませた。掃除をしてレジをしめる。あぁと思い出して自分の部屋への階段を駆けあがった。プレゼントを忘れちゃいけない。

今夜は菱屋でクリスマスパーティーだ。イブでもその前の連休でもなくて、クリスマス当日ってのがなかなかいい。家族そろってどころか、ご近所も巻き込んだのは保たもつ　だと聞いた。

「だってさー、にぎやかな方がいいでしょう」
「にぎやかならなんでもいいんでしょうが」
「それにケーキが安くなるしぃ」
「この甘党！」

ジルとの夫婦漫才は磨きがかかっている。酒に弱い保はものすごい甘党で、リングケーキのひとつやふたつはぺろっと平らげるという。

「ひとつやふたつじゃ私たちの口に入りゃしない」
「わしも一個は食えるぞ」
「お義父さん！　カロリーのとりすぎ！」
「また心臓止まっちゃうかもねーあいたっ」
「冗談にならないでしょうが」

保の父、掛かけるも含めた親子漫才まで磨きをかけているようだ。
それはともかく。

「ごちそうもケーキもなんにもいらないから、店閉めたら速攻でいらっしゃいね、朔美ちゃん」
「ラジャーです、ママ」

そういうわけで、朔美は言われたとおり急いでいる。プレゼントを入れた紙袋を持てば、準備万端だ。戸締まりして、と思ったら。

「朔美ー」
「ジェリー？　もう閉めたんだけど」

現れたのは金髪三つ編み。
つい、身構える朔美に、ちょっと眉が悲しげに寄る。

「ややわー、まだ警戒しとるん」
「身から出た錆、ってわかる？」
「ジゴージトク」
「やだ、ほんとにわかるんだ。すごい」
そこらの若者よりわかっていると、感心する。

「何か用？　私急ぐの」
「女の子向けの可愛らしい物、欲しいて」
「プレゼント？　うーんとねぇ、これなんて人気」

商売気を出して勧めたのは、このごろよく出るスワロフスキー風のストラップだった。クリスマス向けの白いハートに小さな赤いビーズが一つだけのデザインが、洒落てる。

「朔美は？　ええて思う？」
「うん。好き」
「ほんならこれ」
「いいの？　なら一割引しよっか」
「ラッキー」

千円札二枚と小銭をもらう。
お釣りを返した朔美は、ジェリーに聞いた。

「包む？」
「いや。渡すし」

もしかして連れてきてるんだろうか。半分シャッターを閉めた向こうをのぞいていた朔美の目の前に、今渡したばかりのストラップが、差し出された。

「はい、クリスマスプレゼント」
「へ」
「へやのうて」
「は？」
「はも違うとる。こういう場合はおおきに、やろ」
「だって、私に？」
ジェリーからのプレゼントだなんて。

「どうして」
「ええやん、クリスマスなんやし。あげるいうもんはもろうとき」
「けど」
「けどやのうて」

押しつけられて困ってしまったが、断りきれなかった。ふざけているようで彼の目に必死さが見えた気がしたから。クリスマスなんだし。

「私、なんにも用意してないけど」
「いらんし」
「じゃあもらうね。ありがとう」

朔美がそう言うとジェリーがぱっと笑顔になった。うわあと思う。金髪三つ編みの美人さんにこんな笑顔されたら、すごい眼福。

「こっちこそおおきに。朔美が喜んでくれて嬉しいわ。ついでにもろうてええ？」

その美人さんが迫ってくる。
え、え？

「ちょ、ジェリー？　なにを」
「クリスマスのお礼言うたらキスに決まっとる」
「はあ？」
「ほっぺでええから、軽くぶちゅっと」
「ぶちゅってなんでそんな擬音知ってるの」
「そない細かいことほっとき」
「ほっとかないって、ジェリー？　駄目だってば」

確かに押しつけてくるのは頬で、唇じゃない。
けど、押し売りには違いない。
えええー？


固まった朔美の顔の十五センチ先まで迫った彼の顔は、唐突にかき消えた。がらがらとぶつかる音と転がる音が重なる。ジェリーの声と共に。

「いーーっったいやんかー」
「あほばかまぬけ。ここで会ったが百年目だ。今度こそ警察に引き渡してやる」
「開かい　さん」

すごい顔で怒っているのは朔美の彼氏で、ジェリーの天敵だった。いや、ジェリーが彼の天敵なのか。どっちにしてもこの二人が出くわすとろくなことがない。

「ほんっとに懲りないよな、いい加減にしろよおまえ」
「ほっとき、あんたに関係ないやろ」
「関係ないだ？　人の彼女にキスを迫るな」
「ええやん、ほっぺにちゅうくらい」

ぶちゅっがちゅうになってる。
擬音を使い分けるあたり、侮れない。
「いいわけないだろ、こいつ！」
なんて言っている場合じゃなかった。

「か、開さん！　いいから」
「何がいいんだ？」
「えーっと、開さんのおかげで実害はなかったし」
「当然だ」
「待ってたのよ、早く菱屋に」

とにかく二人を引き離してどさくさにしよう、と思った朔美の思惑は見事にはずれた。

「せや、菱屋や。俺も行くとこ」
「は？」
「はああ？　なんでおまえが」
「保に誘ってもろうて」

朔美は土間にめり込んでしまいそうだった。開の父親の保はトラブルの元だ。災害源地雷源。罵ののし　りかけた二人だったが。

「気にしてくれたんやろ、クリスマスに一人でおるんかて」

そう言われたら何も言えなくなった。
仏頂面の開が、朔美の手を引っ張る。

「……行こう。こいつとしゃべってたらたどり着けない」
「う、うん」
「せや、いこいこ」

「おまえと一緒にはごめんだ」
「ええやんか、行く先は一緒なんやし」
「気をきかせろよ、邪魔だ」
「そら尚更」
「なんだと」

朔美は頭痛がしてきた。そもそも開はジェリーを嫌っている。殺されそうになったのだから当然だ。ジェリーにはそこまでの悪意はなかったみたいだが、だからといって好意は持てない。朔美だって当初は心の底から怒っていた。

けれどジェリーは甘え上手で、しゃべっているうちに許してしまいそうになる。開の父親の保は、恩人の孫だからとジェリーに甘い。苛立つ開の気持ちに複雑な感情が交じっているのもわかって、朔美は板挟みだ。

ほんとにもう、何でジェリーは彼に絡むの、って今日は私に絡んだんだっけ。二人の口論にうんざりしながら時計を見る。
「やだ、こんな時間！」

朔美は強硬手段に出た。
「私先に行くから。戸締まりお願い」
カウンターに鍵を投げて、プレゼントの紙袋を持って飛び出した。

「ちょ、おい、朔美」
「朔美ー？」
「待て、おまえ、戸締まりしてけよ」
「部外者になんでやねん」
「都合のいいときだけ部外者面するな」

遠ざかる口論に耳を傾けながら、朔美はふと思った。
兄弟喧嘩みたい、なんて言ったらまた開さん、怒るんだろうなあ。

これからパーティー。一体どんなパーティーになるのか。
楽しみなようで怖いようで、楽しみだ。

なんだかんだ口論しながらついてくる二人を振り返って、朔美はいつの間にか笑っていた。





　　　　　　　　　　　　＜　Let's　Party！　 ／　end　＞