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 「１０点パパ」 サイト十周年記念番外
あたしのパパは学校の先生だ。 たまに自分のお部屋で、テストの答え合わせしてる。 あ、採点っていうんだっけ。 そういう時はあたしもママものぞいちゃいけないの。 「点数つけるのも大変なんだぞ」 パパの言葉にあたしがうなずくと、こいつわかってるのかって顔をする。 わかってるのに。 あたしも時々、パパを採点してるから。 「リコー、お迎えきたぞー」 「はぁい」 そっか、今日はパパがお迎えの日だっけ。 さなちゃんと、かのんちゃんにあわててバイバイしてから、あたしは荷物を取りに走った。パパは気が短いから急がなくっちゃ。 「リコちゃんのパパって格好いい」 「イケメンだよね」 保育園のお友達にも、他のママたちによくそう言われる。 「そんなことないよ」 得意げにならないように気をつけた。そりゃ悪い気はしない。確かにパパは格好いい。背が高いしイケメンだし、スポーツマンだし。お友達のママがお迎えにきたパパをハートの目で見てるのも知ってる。 でもね、みんな見た目で言ってるだけ。そんなとこだけじゃない。 別のパパを知ったらどんな顔するのかな。 「リコちゃん、さよなら」 「せんせい、さよならぁ」 ほし組のめいこ先生にもさよならを言った。プリキュアの靴にはきかえると、うわさ話に忙しいママたちの横をすりぬけて園庭へ走った。 「パパー」 「おう、リコ、おかえり」 荷物ごとえいやっと抱き上げてくれる。お迎えの時のパパは満点だ。 いつもこうなら文句ないんだけど。 パパの首っ玉のうしろで、こそっとため息を吐いたのは秘密だ。 あたしの名前は、羽矢 理子 はねや りこ 保育園の年長さん。 パパとママとの三人家族で、パパともママともとっても仲良し。 さっきも言ったとおり、パパは格好いい。 ママ？ ママは可愛いんだよ。 それに、あたしが呼んだら必ず返事してくれるのはママ。 時には顔を向けるだけで気づいてくれる。何も言わないうちに。 「なあに、リコ」 もしかしたらママは超能力者かも。アニメにでてくる魔法使いみたいに？ ママに聞いたらクスクス笑った。 「お母さんは誰だって、子どものことなら超能力者になるのよ」 嘘とは思わなかった。 思い当たることがいっぱいあるから。 さなちゃんとの内緒話とか、けいくんが好きなこととか、いたずらして先生に叱られたこととか、隠したいことに限ってママにはすぐ見抜かれる。じっと見つめられたらしゃべっちゃう。ママってすごい。 「さーちゃんもそうだったの？」 「さーちゃんはもっとスゴかったわねえ」 ママは懐かしそうに笑った。うん、さーちゃんはスゴそう。 なにがってわけじゃないけどなんとなくわかる。 さーちゃんはほんとは早苗って名前だ。 ママのママで、あたしのおばあちゃんにあたる。 でも看護士さんで元気はつらつ、おばあちゃんって感じじゃない。 だから、さーちゃん。 近くに住んでてお仕事の夜勤明けによく遊びに来る。ママのお料理でパパとお酒を飲むとごきげんになる。 「美琴の手料理が食べられなくなったのが、嫁に出した最大の難点ねぇ」 「最大ってことは最中や最小があるわけ？」 「ちゅうっくらいのがゴロゴロしてるってことよ」 「お母さんたら」 「勘弁してくださいよ、早苗さん」 「あははは」 飲み過ぎて眠り込んでお泊まりになることも多い。そういう日は保育園までさーちゃんが送ってくれる。 さーちゃんが来るとパパはむずがゆいって顔をする。 楽しいけど困るけど楽しい、みたいな。 そんな時のパパは８０点くらい。 お休みの日はよく草太おじちゃんのところへ遊びに行く。 草太おじちゃんは「ルナ・ブルー」ていう名前の美容室をやっていて、パパの髪はおじちゃんが、ママとあたしの髪は、奥さんの藍ちゃんが切ってくれる。昔からそうだ。 パパは文句は言うけど美容室を変えたりしない。「そんなことしたら藍に殺される」なんて言っても、ほんとは気に入ってるんだと思う。 おじちゃんちに行くと天ちゃんにあえるのもうれしい。天ちゃんはおじちゃんと藍ちゃんの子どもでもうじき三つ。あたしには弟みたいなものだ。 保育園は違うけど、年長さんのあたしから見ると三つはてんで赤ちゃん。そう言ったらみんなに笑われた。 「リコもちょっと前まで赤ちゃんだったのに」 そんな昔のこと言わないでって思う。ちょっと前はともかく、もうすぐ一年生なのに。でも天ちゃんは可愛い。むくむくでふわふわのちっちゃな子犬みたい。 遊びにいくたびに草太おじちゃんと藍ちゃんはママを猫かわいがりする。邪険にされてすねがちなパパだけどあたしと一緒に天ちゃんを猫かわいがりするのでほどほどにご機嫌だ。うーん、７０点かな。 もちろん二人はあたしも可愛がってくれる。藍ちゃんは「リコは天のお姉ちゃんなんだから、うちの子になれば」っていつもからかう。 ママはすぐ「だめだめ、だめよ」ってあたしを抱きしめてくれるのに、パパったら「なら天とトレードだ」って平気な顔で言うの。失礼しちゃう。 そのくせ藍ちゃんが「みこっちゃんごともらうから」て言うと、「なしなしなし絶対なし」って。美琴はママの名前だ。あたしはトレードでママだと絶対なしだなんて、ずいぶんだと思わない？ 頭にくるから６０点にしとこうっと。 パパはお仕事の合間に、チームを作ってバスケットをやっている。試合がある日曜はママと応援に行く。知り合いばかりだし、みんな家族と来るので友達もたくさんいて楽しい。 でもね、パパが危ない。 試合でテンション上がる上に、ママがすごく人気者だから。 「みこっちゃん、相変わらず可愛い！」 「お弁当もうまい！ また腕上げたねー」 「ほんっと、羽矢にはもったいねえ」 「愛想尽かしたら言ってよね、リコちゃん込みで独身組がこぞって手をあげるからさ」 冗談なのはあたしだってわかるのに、パパったらもう。 「おまえらー、いい加減にしろっ」 ママの周りの人を蹴ちらして回るの。ほんとに蹴るのよ。みんなも慣れてて笑ってかわすけど、草太おじちゃんたちとはすぐ取っ組み合い。呆れちゃう。 「ああいう男に惚れちゃだめよ、リコ」 唐揚げにかぶりつく天ちゃんの横で、藍ちゃんがいつもあたしに言う。 「でも藍ちゃんは草太おじちゃんに惚れて、るんでしょ？」 惚れてるなんて言葉は大人っぽくて、言うのもドキドキする。なのに、そうなのよねえと藍ちゃんの答えは情けない。 「惚れちゃったらあとの祭り。惚れる前によーく吟味しなさいってこと」 「ぎんみ？」 「上辺だけじゃなくて中身もよく知らなきゃね」 「藍ちゃんやママは、おじちゃんやパパの中身を知らずに結婚したの？」 藍ちゃんが目をぱちくりさせたあと吹き出したので、ほっぺたを唐揚げで膨らませた天ちゃんが、びっくりしたようにこっちを見た。 「リコに突っ込まれちゃった。要するに女って馬鹿なのね」 「藍ちゃんもママも馬鹿じゃないよ」 馬鹿なのはパパだよって言おうとしたら、藍ちゃんは首を振った。 「恋は人を愚かにするのよ」 「おろか？」 「ああいう男でも好きになったら、ぜーんぶ許しちゃうんだから」 藍ちゃんが指さした先では草太おじちゃんとパパと、他にもたくさんで相撲を始めている。子どもみたい。 でも藍ちゃんは草太おじちゃんがとても好きだし、天ちゃんと三人で幸せそうだ。ママだっていつも笑ってる。 つまり、馬鹿でおろかでも幸せになれるってこと？ あたしにはまだまだ難しい。 わかってるのは、今日のパパは３０点ってことだ。 バレンタインが近づくとママは大変だ。仕事も忙しいくせに夕飯のあともキッチンに立ってチョコやクッキーをたくさん作る。 ママは病院にお勤めしてる。病気や怪我でうまく動かせなくなった体を動かせるようにお手伝いするのがママの仕事だ。リハビリって言うんだけど、動かなくなったのを動かすのはとっても辛くて我慢がいるらしい。 そんな患者さんをちょっとでも元気づけられたらいいな、ママはそう思ってお菓子を作って持っていく。毎年、患者さんだけじゃなくて、先生たちまでママからのバレンタインを楽しみにしてる。 でも、パパはご機嫌ななめ。 他の誰かがママのチョコを食べるのは気に入らないから。 少しはわかるの。あたしだってママのお弁当は他の子にあげたくないから。わかるけど、でも、そこを我慢するのが大人で、パパはしっかり大人なのに。 なんたって学校の先生で、バレンタインには教えてる生徒さんたちからもらったチョコをたくさん持って帰ってくるくせに。 なのに？ パパってわがまま。 だから、２０点。 いくら何でもこれ以下にはならない、って思うでしょ？ ところがね。 最低のパパは、実はうちに居るときなの。 たとえば今みたいに。 晩ご飯のあと、自分の食器は自分で流しに持っていくのが決まりだ。ママが疲れてる時はパパが洗ってあたしが拭くこともある。今夜はママが鼻歌で洗い物している。 ソファに座ったあたしはいつも見ているアニメを見てて、テーブルでパパはお仕事の調べ物していた。はずだったけど。 テレビがアニメのあと、ニュースに変わった。知らない言葉がたくさんでてくる。聞き流すことも多いけど、知りたくなったら聞くでしょ。 「ねえパパ」 テレビを見ながら呼んだのに、返事がない。あーって思う。 「パパ？」 振り返ったら案の定、だった。 パパはママをみつめてる。 本をテーブルにおいたまま、椅子の背に寄りかかるようにして首を少し傾げ、楽しげに洗い物をするママの後ろ姿をじーっと見てる、パパ。 こういうことって珍しくはない。 最初に気づいたのはいつだったろう。もっとちっちゃい頃だ。 繰り返し呼んでも返事がなくて、膝を揺すったらようやくパパはこっちを向いた。夢から覚めたみたいにあたしを見てわけがわからない顔をした。あたしもわけがわからなかった。 もうわかってる。 パパはママを見てたんだってこと。 見てるんだってこと。 ずっと、ママだけ。 そういう時のパパはすっごく幸せそうで、あたしはすっごく複雑な気分だ。 パパとママが仲良しなのは嬉しい。 でも、パパがあたしのことを忘れてるのは悔しい。 そばで呼んでもすぐ答えてくれないのは寂しい。 こっち向いてよって、憎たらしくなる。 だから。 こういうパパにあたしは最低の、１０点をつけちゃうの。 この話はさーちゃんにしかしたことがない。 いつだったか、ふたりでお留守番してた日に打ち明けたら、さーちゃんは大笑いした。その後聞かれた。 「どうして０点じゃないの？」 「えー？ だって」 「だって？」 「……パパのこと好きだから」 さーちゃんはおやおやってまた笑う。 それからぎゅうってあたしを抱きしめてくれた。 「リコは良い子ね」 「パパに１０点つけちゃって、悪い子じゃない？」 「そりゃしょうがない。完璧な親なんていないもの」 さーちゃんの話は時々難しくなる。 「早く大きくなって素敵な彼を見つけて、パパをあわてさせてやりなさい」 「パパ、あわてたりするかなぁ」 うーんとあたしは腕組みして考える。 全然、へーきな顔しそうだけどなぁ。 「どうかしら。楽しみでしょ」 「……うん」 確かに、楽しみかも。 さーちゃんと顔を見合わせて、笑っちゃった。 もうじきあたしは一年生になる。 パパのおじいちゃんとおばあちゃんは去年のクリスマスに、田舎からランドセルを贈ってくれた。真っ赤でピカピカでわくわくする。 春になるのが待ち遠しい。 その前に明日はバレンタイン。 ママと一緒に病院でお菓子をたくさんくばるんだ。 パパはすねて、きっとまた２０点パパ。 もしかしたら１０点？ でも、ママとあたしのチョコレートで、なんとかご機嫌を直すつもり。 羽矢 理子。 六歳。 毎日とっても、忙しいです。 ＜ 10tenpapa / end ＞ |
| お読みくださってありがとうございます。 久々の彼らは三人になってました（笑） お気に召しましたら、ポチッとおしてやってくださいませｖ |