例年通り、七夕イベントは六月の中旬から始まった。
　どの店先にも竹がたてられ、日ごとに短冊がぶら下がっていく。

　＜魔女のおうち＞に、笹竹ねえ。

　口には出さない若菜の想いを言い当てるように、双葉が笑った。
　「何事も商売よ。生きていくため。わかった？」
　もとより店主に異議を申し立てる気などなかった。


　短冊でしなるほどになった笹竹は全て回収されて、七月七日の今夜、神社で焚きあげられる。出店も出てにぎやからしい。どうやら天気も持ちそうだ。若菜には関係ないけれど。

　笹竹がなくなってほっとしていた。色とりどりの短冊を見るたびに、なんだか落ち着かなかった。恋愛の願い事ばかり目につくせいか。
　「可愛いじゃないの」
　双葉さんは豪快に笑いとばした。

　「恋愛こそ神様に祈ることよ。心は思うとおりにできないんだから」
　「そうですけど」
　「あなたも短冊書いたわよね？　なんて？」

　願い事などするつもりはなかったのに、業務命令だと双葉に押しつけられたのだ。内容を伝えるのも業務のうちか。

　「大事な人が、大事な人たちが、幸せでありますようにって」
　「しょうがない娘ねえ」

　棒読みした若菜に渋い顔をすると、双葉はレジの引き出しから、残った短冊を取り出した。

　赤青黄色、緑に白にオレンジ。色とりどりだ。紫色の短冊を抜き取り、筆ペンを手にする。さらさらと流れるような筆使いは、見ているだけで気持ちがいい。でも、笹もなくなったのに。

　「……何を？」
　「いいから、表に出て」
　「おもて？」
　「ほらほら」

　双葉に背中を押され、ドアを出た。今夜は早仕舞する店が多いのか、いつもより闇が深い。見上げると瞬く星がきれいで、思わず見とれる。

　しゅっと、音がして振り向いた。広口で浅い陶器の中の短冊に、双葉がマッチで火をつけたところだった。見下ろす目が拾った達筆の字。

　『若菜さんが好きな人に逢えますように』

　短冊はみるみる燃えて煙になっていく。止める間もなかった。双葉は、いたずらが成功した子どもみたいな顔だ。

　「焚きあげちゃった。晴れてるし。叶うわよ」
　「……双葉さんたら」

　怒ろうか笑おうか。泣くまいと若葉は空を見上げた。
　重くしなる数の短冊が浮かんで、目を閉じる。

　叶うはずがないのに。
　願うことすら。


　涙のように星が一筋、流れて落ちた。






　　　　　　　　　　　　　　　　　＜　tanabata-tannzaku　 /　end＞