珍品堂はこの界隈でも古株だ。

大して広くない間口は磨りガラスの入った窓を両側にしてドアがひとつ。正面に掲げられた看板『珍品堂』の文字は宝円自身の手らしい。間口が狭い代わりにウナギの寝床、かなり奥行きのある二階屋全てにぎっしりと本が詰まっている。

稀覯本きこうぼん　や研究書を取り扱っており、インターネットでも受け付けていてそれなりに繁盛している。新しさと古さが入り交じる店は街とよく似ているが、外観は古いだけ。小さな二階屋には目も止めずに通り過ぎる人がほとんどだ。

場所柄と店の名前からいわゆる大人のおもちゃを連想する人もいて、ドアを開けるなり本の森のごとき店内に固まったりするのだが。

今日現れた連中は違った。


「いたぜ、ほら彼女」
「おー、ショーコちゃあん」
「いいねいいね」

書棚を整理していたショーコは思わず退いた。見るからにちんぴら風の三人は初めて見る顔。いかにも軽薄そうで目つきがいやらしく、Ｂ級映画の脇役にぴったりだ。推薦してあげたい。


「あの、うちは古本屋ですけど」
「いーのいーの。ショーコちゃんに用なの」
「こないだシザーズでかっこよかったぜ」
「こんなちんけなとこでバイトなんて勿体ない。遊びにいこうよー」

狭い通路に三人群がって来るので後じさりする。手を伸ばされて腕をつかまれた。


「やっ、離して」
「俺らがいいとこ連れてってやるからぁ」
「かわいー」
「キングみたいなオヤジより楽しいって」

状況も顧みずカッとなったショーコが言い返す。


「キングはオヤジなんかじゃないもん！」
「ひょー、ムキになるとなおかわいー」

ばっかじゃないのと思うが、つかんでる手が気持ち悪い。やだやだどうしよう。出かけた宝円はまだ帰ってない。どのみち宝円ひとりじゃ危ないし。逃げなきゃ。腕を引くが相手は離そうとしない。


「ほらいこうー」
「やだ、やだってば」

引っ張られて抵抗した時だ。ヒュッと目の前を何かがよぎった。ビシッと鋭い音が二発。


「うわ」
「いてえ」

瞬きする間にショーコの手をつかんでいたひとりと、もう一人が地べたに転がっていた。戸口そばにいた男がぎょっと書棚にはりつく。ショーコは安堵と不安の入り交じる声を漏らした。


「マスター」

宝円がいつものつるりとした頭と、いつもは見せない厳しい顔で立っていた。手には竹刀。そういえば戸口脇に立て掛けてあったっけ。何に使うんだろうと不思議に思っていたけれど。


「ここはキャバクラじゃないわ。とっとと出てけ！」

腹の底から出る大音声が通りにまで響き渡る。


「な、なんだとじじい」
「ってええ。やりゃがったな」

宝円はじろりと三人を見据えた。老人の眼光にちんぴらが気合い負けしている。


「じじいでもおまえらに負けるほどもうろくしとらんぞ。大体ここにある本はどれも珍しゅうて高いものばっかりじゃ。破れでもしたらおまえらの店に請求書回すからな」
「店って」
「通りの向こうのギャルクラブ『ぷりぷりプリンセス』の新顔じゃろ」

身元を言い当てられて三人が目を丸くした。


「あそこの店主は顔なじみじゃ。うちで暴れとるのがばれたらクビだわい。わかっとらんの」
「な、なに」
「おい」
「てめぇ」

真っ赤になって飛びかかった男は一打ちでまた転がった。あまりにも簡単でショーコが目を丸くしていたら、警官まで駆け込んできた。


「じいさん事件か？　……なんだおまえら、何やっとる！」
「わ、なんでおまわりが」
「逃げろ」

「逃がすかあほう」
「全くだ」

いつの間に呼んだのだろう。警官ふたりと宝円にあっさり捕まった三人はしおしおと交番へ連れて行かれた。警官の一人は宝円と昵懇じっこん　らしく雑談している。


「立ち回りは久しぶりだったなじいさん」
「じいさんはやめい」
「稲妻の剣は健在か」
「ええからとっとと仕事に戻れ。『ぷりぷりプリンセス』にはわしから電話を入れる」

追い払うようにして戸口を閉めると宝円は奥へ入ろうとする。


「マスター、ありがとう」
「時宜じぎ　にかなっただけじゃ。いや危うくかないそこねるとこじゃったわ。怖い思いをさせて悪かったのぉ」
「……かっこいい」

竹刀を携えた彼の背中は時代劇のお侍のようで、改めてショーコに尊敬の念を覚えさせたのだった。



その夜、ショーコが得々と語る事の次第を、珍しく早く戻ったキングが面白そうに聞きながら缶ビールを飲んでいる。


「すごくない？　何が何だか最初わからなかったもん。ヒュッて目にもとまらぬだよあれ」
「昔から剣道で鳴らしてたそうだ。稲妻剣て仇名はここらじゃ有名らしい。その様子じゃ腕は鈍ってないな。たいしたもんだ」
「へえー、ますますかっこいい」

感心しきりのショーコにキングはくっくっと笑う。


「女心をくすぐられたか？」
「え」
「ピンチに助けてもらうと惚れそうだろ」
「うん」

素直に頷くからまた笑いが漏れる。


「伏兵現るだな。じいさんに乗り換えるか」
「ううん」

同じ素直さであっさり首を振るから、キングは意外に思った。


「マスターは大好きだし尊敬してるし、助けてもらって感激したよ。でも、あたしはキングが好きなの」

ソファの足元、床に座り込んだ彼女は、最近お気に入りだというコンビニ商品のはちみつセーキを、ストローでズズッと飲み干しテーブルにカンと置く。


「かっこいいから好きなんじゃなくて、キングだから好きなんだもん」

心の内をうまく言えてないと自覚して、眉をよじり言葉を探す顔。


「だからねー、キングがマスターぐらいの年になったとして」
「またずいぶん先の話だな」
「いいから聞いてよ。その頃のキングはマスターみたくいけてるかもしんないけど。もしかしたらしょぼくれちゃってるかもしれないでしょ？」

あまり考えたくないものだと、思わず今の年の倍近い自分を連想しそうになる。じいさんに劣るのはごめんだが、可能性は否定できない。白髪の自分が浮かんでしまう。


「でも。どんなおじいちゃんになってても、きっともっと好き。白髪でも禿げててもごま塩でも。稲妻剣がなくても。ぜーったいキングが一番」

ようやく探し当てた言い回しに満足したショーコだが、そこで気づく。


「その頃はあたしだっておばあちゃんか。……やだ。キングの隣を歩けてるかな。白髪を結い上げた上品で粋なおばあちゃん、は無理だよね。どうしよう」

思案顔で首を傾げたショーコが、キングの脳裏で突然、真っ白なボブヘアにジーンズをはいた小生意気なばあさんに重なった。結構可愛い。

思わず伸ばした手にまだ残っていた缶ビールがチャプッと揺れる。躊躇したキングに比べジンの行動は早かった。寝そべっていた彼の横からショーコに飛びつき、床に押し倒してぺろぺろ盛大になめまくる。


「きゃっ、ひゃっ？　ジン？　何どしたの？」

やれやれとキングはソファの背によりかかった。宝円の言うとおり何事もタイミングだ。ジンに先を越されるとは情けない。窮地を助けるのも襲いかかるのも、時宜をはずせばただのまぬけだ。それにしても共白髪にそそられるとは、どうかしている。

あとで宝円に酒でも届けに行こう。


「もうくすぐったいよー」
「みゃあ」

じゃれあう二人を眺めながら缶ビールを飲み干す。これまで知らかった自分の愚かしさをキングは笑い、同時に面白がっていた。


ショーコはというと目指す目標にかすったのも知らず。ジンとじゃれあいながらキングに見守られる至福に浸っていたのだった。





　　　　　　　　　　　　＜　jigito−ｔｉｍｉｎｇｔｏ−ｔｏｍｏｓｉｒａｇａ　／　end　＞