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2007エイプリルフール限定/ 短編


「卯月とヨウジと四月馬鹿」


Man Hall に入って初めての春。

大通りを流れる人波の中、ヨウジはキャッチに励んでいた。首筋でひとまとめにした髪を桜の花びらがいくつもかすめて舞い落ちる。こんな都会でも桜はちゃんと咲いて散る。だが花見なんてするヒマはない。せいぜいが仕事場と往復する電車の中から線路沿いに咲く姿を認めるくらいだ。

Man Hallに雇ってもらえたことはヨウジにとっては信じられない幸運だった。経験もなく特に容姿も優れているとは思えない自分を、どうしてキングが雇う気になったのか。半年近く経った今もよくわからない。Man Hall のホストと言えばここらでは一目置かれる、そういう店なのだから。

その分要求されるレベルも高い。いやというほど現実を見知ったヨウジは懸命に努力はしているが、まだまだ未熟の域にも達していない気がする。せいぜいど素人に毛が生えた程度。


でも。
3月は少しは頑張ったよな。


ようやく先輩ホストの客にも顔を覚えられてきたし、新規の客にもヨウジなりにアピールできるようになってきたつもりだ。先月は客にも恵まれて、今まででは一番新規をゲットできたはず。ついほころぶ口元だが、通り過ぎる高校生に眉をひそめられてあわてる。まずいまずい。こんなところで。

時計を見てさらにあわてた。やばい。ミーティングに遅れる。月初めの今日は成績発表じゃないか。手にしていた名刺を懐に押し込んで、ヨウジは足早に仕事場へとって返した。



「遅れてすみません!」
叫ぶようにして駆け込んだとたん、フロアがドッと湧いてヨウジはギョッとした。見回すと先輩や同僚のホストが入ってきたヨウジを囲むように拍手をしている。え?
「遅いぞ」
彼らの向こうからキングのサングラスが光って、ヨウジは固まる。
「キング。いいでしょ、今日ぐらいはお説教抜きで」
テルがそう口を挟むのでますます驚く。さらにマサシが。
「そうそう。今日ぐらいは、ね」
なんだなんだ? どういう意味?

ほとんど逃げ腰になったヨウジだが、後ろから肩をガシッとつかまれた。トオルはヨウジより10センチ近く背が高いので、目線は上だ。
「トップ3とはいかなかったがな。4位なら立派なものだろ」

トオルの言葉を理解するのに、しばらくかかった。
4位? 4位。 ………4位って、えええ?
「4位? 僕が、ですか? 4位ぃ?」
誰の顔をみればいいのかわからないが誰かに保証をしてもらわないと信じられない。でも、信じたい。本当ならどんなに。そう思ったところで。
「先月の成績は以上だ。開店準備にかかれ」
「イエッサー!」
「え? あ? キング」
一番確かな保証人はあっさり消える。
「ほらほらヨウジ、ランキングの写真取っ替えにいくぞー」
「そうそう」
なすすべもなくヨウジはテルとマサシに拉致されてしまった。



ここに、自分の顔があるなんて。絶対夢だ。

Man Hall のエントランスからフロアまでの途中にある、ホスト紹介を兼ねたランキングの写真。トップはアキラで次点はユウ。3位がトオル。これは先月と変わらない。4位もここしばらくずっと同じ顔だったのに。まさか、ほんとに?
NO.4だったレンの写真の代わりに自分の写真が掲げられるのを、ヨウジは到底信じられない思いで見守った。 嘘だろ〜?

「おー、なかなかじゃん」
「いいねいいね。ホストっぽくなってきた。なぁヨウジ?」
テルとマサシの楽しげな顔に本来なら疑いを抱くべきだったのだが、あまりに突然の彼にすれば突拍子のない事態に、思考がパンクしていたのだ。

その夜はさらに信じられないことが続く。
「ヨウジー、おめでと」
「良かったねぇ」
「へー、NO.4になったの? 凄い凄い」
訪れる客が誰も彼も彼に声をかけてくれる。知っている顔はもちろん知らない顔ですら。なんだか感激だ。すごく幸せだ。ひょっとして絶好調? 運を矢印で表せば右上がり80度ぐらいかもしれない。

おのずとハイテンションでヨウジはフロア中を駆けめぐった。
「ようこそMan Hall へ」
「チナちゃん来てくれたんだー」
「桃香さん、わー感激」
「さよちゃーん」
滅多に聞けないだろうヨウジの甲高い歓声が、あっちでもこっちでも響き渡って。そのたびにホストの連中が交わす、なんともいえないまなざしは目に入らない。



「おーお。すっかりその気」
カウンターで笑いをこらえているのはユウ。心配そうなのはケイ。
「レン。いいのかな、あれ」
「これは洗礼みたいなものだし。年に一度、この行事のターゲットになる新人は前途有望。あとからそう言ってやれば?」
レンの穏やかな笑みもどこか人が悪い。
「実は面白がってるんだから。ヨウジ、めげなきゃいいけど」
「これぐらいでめげるんじゃ先はないぜ、ケイ」
斬って捨てるユウの言葉はしかし、一利も二利もあるからケイもうなずくしかない。そんなこととはつゆ知らず、ヨウジはそのまま大車輪で一夜を吹っ飛ばした。



一夜明けて。
ちょっと飲み過ぎたヨウジはガンガンする頭を抱え、でも上機嫌で出勤した。なんたってNO.4だもんな。キャッチもそんなにやることないかも? よし、ランキングの写真で気合いを入れ直そう、なんて思ってまっすぐ足を向けたヨウジだったが。

「あ、あれ?」

ぱちくりと瞬きしてもゴシゴシと目をこすっても。見えるものは変わらない。トップスリーはもちろんだが、ゆうべ確かにNO.4の座にあった自分の写真が、見慣れたレンの写真にすり替わっている。
あれれ?

「ヨウジ、早いね」
後ろから声をかけたのはテルだ。トドメを刺しに来た悪魔の笑み。
「……テル? あのさ。昨日の成績発表で、NO.4は」
「変わらずだったね。レンだよ」
「え?ええ? だって昨日、みんな僕に」
「昨日。うん。昨日ね。ヨウジさぁ」
気づくとテルのうしろからマサシが。その向こうからトオルとアキラ。ユウまでなんだか。

「成績発表があったってことは、月が変わったんだよね?」
「…う、うん。そうだね」
「じゃあ昨日は、何月何日?」
「しがつ、ついたち…」
「何の日?」

パカッと。
ヨウジの口がひらき顎ががくんと落ちる。スイッチを押したみたいに、フロアに集まった全員が大爆笑した。
「し、しが、四月馬鹿ぁ〜?」

おもわずそこにしゃがみこんだヨウジ。みんなはやっぱり容赦なく笑っている。みあげるヨウジの眼が潤む。
「ひ、ひどいよみんなぁ〜」
「っ、っかしー!」
「ひゃーはっはっ」
「普通に考えりゃわかるじゃん。自分がNO.4に届くかどうか」
「だ、だってキングが」
「キング? キングは一言も触れてないだろ。ヨウジのランキング」

ヨウジはハッと思い出した。そうだ。遅れたことを注意されただけで。順位についてキングは何一つ言わなかった。
「じゃあ」
「残念。トップ10にあと一声」
がっくりヨウジがうなだれる。宥めるようにレンが口をはさんだ。

「悪かったねヨウジ。実はうちの恒例行事なんだ。去年の4月以降に入った新人の中から必ず誰かがはめられるんだよ。今年は君だったわけ。お客さんも大半は知ってる」
ゆったり微笑んで説明するレンに何も言えなくて、ヨウジは肩を落として床をみつめるしかなかった。



その日の営業も始まった。なんとか接客しているヨウジだが、失望感とみんなにはめられた悔しさはやっぱり残る。指名の合間にタカヤ相手に愚痴ってみる。
「……おかしいと思ったけど。でもみんながあんなにさぁ」
「まぁまぁ。いい夢みたってことじゃん」
タカヤが笑いをこらえて慰める。
「ひどいよ。知ってたなら教えてくれれば」
「先輩のやること邪魔できるか?」
「……そりゃまぁ」
「ヨウジ。わかってないな」

ひょいと後ろからのぞきこんだユウが、ヨウジの頭を彼にしてはやさしくこづいた。
「NO.4は嘘でも、夕べおまえが残した売り上げは本物だ。昨日1日ならトップに近かったんじゃないか?」
「…ほんとに?」
ヨウジは眼を丸くする。

考えてみれば嘘だと知っていたにしろレディーの指名は間違いなかったわけだし、テンションがあがって自分もすごく頑張った。それが売り上げにつながった? つまりはだまされたけれど得もしたわけで。

「チャンスはいろんなところに転がってる」
ユウは駄目押しみたいに付け加える。
「嘘の中に本物をみつけろ。ここはそういう場所だ」


嘘の中の本物。
今までそんな風に考えたことはなかった。


去っていく彼の背中を、ヨウジはこれまでとは違う眼でみつめた。NO.2をキープし続ける彼の、深さを垣間見た気がした。心構えが違うんだ。自分はまだまだだと思う一方で初めて、彼のようになりたいとヨウジは思った。あんな風に、本物を見極める眼をもちたい。


エイプリルフールの儚い夢と消えたNO.4の座だけれど。いつかは僕も。NO.4よりもっと上。ユウとトップを争えるくらいになれるだろうか。

表で桜が舞い散る夜。
ヨウジは新たな気持ちで指名客へ挑んでいった。





それは卯月のはじめ。
彩芽がMan Hall を訪れる3ヶ月前のこと。





               <"April & Youji & Aprilfool" / end>

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