商店街の近くの神社で七夕祭りは昔からある。

昔は閑散としていたのに、少しずつ人が集まるようになった。人が人を呼び、今では七夕前後はイベントのひとつに数えられている。地球は天の川に浮かぶ小さな星の一つに過ぎないのに、などと考えるのは浪漫にかけるのか。

日射しをさけたオープンテラスのパラソルの下で煙草をくゆらせながら、キングは通りを眺めていた。祭りに行きたいとショーコにねだられて、たまにはいいかと待ち合わせしたのだ。

そろそろ日が暮れ始めた空。陽炎のたつアスファルトは猛暑を吸い込んで気温を下げない。歩くだけでゆだりそうなのに夜祭りを目指してか、今日は浴衣姿が目立つ。

浴衣は昔、寝間着で家着だったというのに、現代ではほぼ外着でしかも、おしゃれ着の部類だ。難しいことを考えずにファッションとして取り込んでいく若者たちはたくましい。

浴衣を着たがるショーコに、任せなさいとエヴァとヒデミが張り切った。まるで母親と姉だな、とは間違っても口にしないのがキングの賢いところだ。とはいえいつの間にこうなったのか、時々不思議に思う。おかしくもあるが、ことファッションに関しては二人に任せておけば間違いない。

男にすれば浴衣ってだけで目の保養だけどな。


かすかに笑みを含んだキングこそ、周囲の女性たちの目の保養だった。細い水色縞模様の麻のシャツにベージュのチノパン、シンプルなスタイルなのに人目を引くのは、トレードマークのサングラスと口ひげのみならず、独特な色気のせいだ。

彼に気づいた女性は女同士ならひそひそと、ひとりなら髪や化粧を確かめたくなる衝動にかられ、前を通り過ぎる時は気取るか、誘いをかけるか、知らぬ顔を装うか、その全てを彼は受け流していた。


目の前の人波が割れて、キングはおやと眉を上げた。自ずと人目を引く輩もいるが、衆目を集めるつもりで衣装を整えるものもいる。その点において彼らは人後に落ちない。

エヴァとヒデミは。

エヴァの浴衣地は白だった。もちろん白一色で終わるわけがない。胸元を袖を裾を彩るのは鬼百合だ。黒い輪郭をとった赤の色合わせは、エヴァならではだろう。帯も黒だ。いつもよりも大きく盛った髪、足下は黒い鼻緒の下駄が引き締める。

隣のヒデミはというと、赤地に白い螢袋の花模様だった。筆で流したようなトンボが黒く飛んでおり、帯は赤だ。髪は上げずに両脇だけ摘んで後ろで後ろ頭で結び、白い花で彩っている。赤い鼻緒の下駄は黒だ。

色は通じるのに真逆の柄のおき方で、互いを引き立てあっている。


赤と黒でよそおった背の高い二人が見事な着こなしで歩く様は、、そんじょそこらの小娘ではかなわない。貫禄だ。周囲の反応を楽しみながらキング目指して歩いてくる二人を、キングも面白げに見ている。

パラソルの下、キングの前に二人が立った。
「はあいぃいい」
「お兄さん、遊ばない？」
ククッと笑いながらキングが応える。
「悪いな、人を待ってるんだ」

「あらぁああ、待たせる女なんかぁ振っちゃいなさいよぉおお」
「そうそう、楽しませてあげるから」
「そっちこそ待たせてるくせに、彼氏を」
キングの言葉に後ろから声がとんだ。

「そうだぜエヴァ、待ちくたびれるって」
「待った甲斐はあるけどね。ヒデミ、きれいだ」
後ろの席で、アダムと颯そう　が待っているのは二人も承知だ。

「まぁああったくぅ、アダムときたらぁあ、余裕ないわねぇええ」
「焼き餅は焼かれるうちが花よ、エヴァ」
二人の後ろから小さく聞こえていた文句が、大声になった。

「……っいかげんにのいてよーっ」

エヴァとヒデミが目を見交わして合図する。
「しょうがないわねぇええ」
「お待たせーっっと」

ぱっと二人が左右に分かれたそこに、ショーコが現れた。背の高い二人の後ろに隠されていた形だ。急にキングの前に押し出され、赤くなったり青くなったり結局、赤くなってたじろいでいる。

「ほう」とキングが。
「へえ」とアダムが。
「ふうん」と颯がつぶやく。

ショーコの浴衣地は藍色だった。流水模様は白で、星と月が金で描かれた今風な柄だが昔風にも見える。浅黄色の帯と下駄の鼻緒。伸びた髪は金銀の紐を編み込んだ三つ編みにして、くるりとお団子にしてある。すっきりしたうなじに、耳元から銀鎖の長いピアスが垂れて、少しだけ大人びた風情を醸し出していた。

「いいじゃん、ショーコ」
アダムがほめると颯もうなずく。
「ああ、見違えた」

エヴァとヒデミは得意げな顔で、キングを伺った。
「努力の結晶よぉおお」
「どうどう？　キングってば」
当人よりもよっぽどほめて欲しそうだ。


キングがゆっくり立ち上がった。ショーコにエヴァ、ヒデミだけでなくアダムや颯まで身構えた。それどころか、周囲の野次馬まで注視している。

キングがショーコに近づいくと、周囲から黄色い悲鳴が上がった。
かまうことなくショーコをみつめて、キングがにやっと笑った。

「上出来」
「……ほんと？」
「ああ」

そう言いながらキングが取りだしたのは、浴衣地にぴったりの青い玉かんざしだった。三つ編みのお団子にすっと挿してやる。

「なに？」
「浴衣に似合うぞ」
怪訝な顔でそれを確かめたショーコが、ぱあっと笑顔になった。
「嬉しいっ！」

叫んだショーコはあろうことかキングでなく、エヴァとヒデミに駆け寄って二人に抱きついた。
「上出来だって、二人ともありがと！」
「ショーコってばあああ、抱きつく相手が違うぅううう」
「だって嬉しーっ」
「しょうがないわねこの子は」

呆れながら笑い出す三人を、囲んで男たちも苦笑している。
「ほーんとにキング、お子さま過ぎねえ、あんたの彼女」
「そこがいいんだろう？」
しみじみとアダムが言うのを颯が確かめると、キングは笑うだけ。
「まあな」
否定しないんだなとアダムが天を仰ぐ。

準備万端と、エヴァが叫んだ。
「さあ行くわよぉおお、焼き鳥とビールともつ煮込みぃいい」
「たこ焼きとお好み焼き！」
「えーっ？　願い事が先でしょ？」
お子様なショーコに二人が指先でびしっと怒鳴る。

「「ガキ！」」
「ええーっ？」
言い合いながら歩き出す三人のかしましいこと。

「……花より団子すぎるってエヴァ」
「花はそろってるだろ」
「キングにしか言えないせりふだな、それ」
追いかける男たちも掛け合いながら、そのくせ、それぞれの相手から目が離せない。


珍しく晴れた七夕の夜。
彼女の髪で揺れる小さな地球。

ちらちらと振り向く視線と、かんざしを確かめる仕草をとらえて、キングの口元からは笑みが消えなかった。





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